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過去の日記帳 2010年4月 〜 6月

写真ははずしました。



 2010年6月14日(月) 宇宙探査機「はやぶさ」が7年ぶりに帰還!
 2003年5月9日に宇宙科学研究所 (ISAS) がM-Vロケット5号機で打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ」がオーストラリア南部の上空で大気圏に再突入し、火の固まりになって遂に帰って来た! 私は午後10時半ころからUSTREAMの中継を見つめていたが、22時56分ころに火の固まりが現れ、次第に眩しいくらいに大きくなって近づいてきた。USTREAMの画面からは「来た〜! 来た〜!」という歓声が聞こえてきた。感動的な場面だった。7年ぶりに地球に帰還した瞬間だ。ニュースなどで見たところによると、このはやぶさには日本独特の技術が駆使されているという。大気圏に再突入の際に燃え尽きることのない技術など、アイデアの勝利だと思う。さすが日本である。宇宙旅行の総距離は月への往復約8000回にも相当する約60億キロだというから凄い。カプセルの次に本体が落下したらしいが、画面に現れたの多分本体だったのかもしれない。
 はやぶさは2003年の5月に地球を出発して05年の11月に地球から3億キロ・メートル離れた小惑星の「イトカワ」に着陸して砂などの採取を試みた。回収がうまくいけばどれほど宇宙科学の発展に貢献することだろう。一刻も早く無事回収のニュースを見たいものである。 とここまで書いたところでニュースを見たら14日の午前零時22分の記事として“小惑星「イトカワ」の砂が入っている可能性のある回収カプセルをヘリコプターで発見した”と出ているではないか。Bravo!はやぶさは燃料漏れで制御不能になったり通信も完全に途絶したりのトラブルに見舞われて帰還が予定より3年長引いたのである。とにかく帰って来たということが凄い。関係者の喜びは大きかっただろうと思う。ライブ中継を行った和歌山大学宇宙教育研究所にもBravo!と言いたい。(写真はスクリーンショットで撮った帰還の様子2010年6月13日22時56分55秒)



 2010年6月7日(月) 田浦小学校のクラス会
 毎年この時期に行っている田浦小学校のクラス会を今年は6月4日に佐島港近くの寿司屋で行った。昨年同様11名のみの参加でちょっと淋しかったがこの1年間に亡くなった仲間もいて淋しいかぎりであった。出席できない人からの近況報告には「要介護度5のため行かれない」とか「入院検査のために行かれない」と言うのもあってさすがに年齢を感じないわけにはいかない。昭和13年生まれの我々は苦渋の時代を生き抜いてきたのである。この年になって健康で幸せな人生を送りたいものである。
 元気に集まったメンバーは生ビールで乾杯のあと、魚料理に酒、焼酎をやりながらおおいに盛り上がった。どうもこの年になると話の内容が「私は、、、」という言い方が多くなるのは仕方がないことのようである。ま、これは1年に1回しか会えないのだから仕方がない事かも知れない。お酒が回ってくると次第に話の内容が難解になってきて、それがまた面白かったりした。休酒中の私もこの日はちょっぴりやったが、生ビールの旨さといったら言葉に出来ないくらいだった。あ〜、うめ〜!
 ところでそろそろ寿命のことが気になるトシである。ちょっと調べてみた。それによると2008年の日本人の平均寿命は女性が86.05歳で、これは24年連続で世界一、男性は世界4位の79.29歳でともに過去最高を記録したとのこと。(何故男の方が短いのかな、気になる)。ついでに世界一短命な国を調べてみたら西アフリカのエラレオネ共和国(通称シエラレオネ)で1999年度の平均寿命は世界最短の26才であったというから驚く。これは反政府ゲリラ側と政権側の間で10年近く続いた泥沼の戦闘が大きな原因になっていることは間違いない。いつも思うことであるが、世界が平和にあることは無いのだろうか。人間ほど愚かな生き物はないと言うことを痛感する。ちなみに世界の平均寿命は64.5才で、日本は最長の74.5才。う〜む、あと僅かじゃないか。
 来年も出来るだけ多くの仲間が集まりたいものである。皆の健康を祈る。



 2010年5月17日(月) 青森から妻の両親が
 青森から妻の両親が来ていて13日は東京ドームで巨人×西武戦、14日は相撲の観戦をした。私は一緒に観戦したわけではなく、クルマで東京ドームまで案内したあとは自宅に帰ってきたが、ジャイアンツファンの父は負けるとご機嫌が悪くなるので勝ってくれよ、と願っていた。この日の対西武戦はジャイアンツのホームラン攻勢で大勝したので胸をなで下ろしたと言うわけである。
 翌14日の相撲は私たちも両国に宿を取った。青森には相撲ファンが多いと聞くが両親も例外ではない。これは青森出身の力士が多いからだが、きっと観戦にも力が入ったことだろうと思う。両親が相撲を楽しんでいる間私はホテルの周りを散歩をして時間をつぶしていた。近くにあった回向院(えこういん)に行ってみると境内に鼠小僧次郎吉のお墓があった。ところが何とお参りに来た人たちが墓石を削っているのである(削るための用具が置いてある)。不思議に思って後から調べたてみたらギャンブル好きの人や受験生などには「するりと入れる」御利益があることがわかったのである。これは面白い。熱心に両の手を合わせて拝んでいた人の姿が印象的だった。回向院をあとにして国技館の前に行ってみた。そこで写真を撮っていたら突然でっかい小錦が子犬を連れて現れたので居合わせた人たちはビックリした。巨大なお肉のかたまりが歩いているように見えた。我が家で良く見るNHKの子供番組「にほんごであそぼ」で海鞘(ホヤ)のお化けのようないでたちで人気者のKONISHIKIが番組の中で憂いに満ちた声で歌った中原中也作詞、おおたか静流作曲の「よごれちまった悲しみに」は良かった。
「汚れちまった悲しみに 今日も小雪の降りかかる 汚れちまった悲しみに 今日も風さえ吹きすぎる」以下略。
 相撲が6時に終わってからは揃って国技館近くの店でちゃんこ鍋を食べたが、これは美味しかった!お酒を頼めば黙っていても大関が出てきた。両親の満足した顔も嬉しかった。下町は情緒があって普段の緊張感が安らぐところである。



 2010年5月7日(金) キャベチ?
 「ブロコリ」って判るだろうか、これはやさしい、「ブロッコリー」のことだとすぐにわかる。ではこの写真の「キャベチ」って何だかわかるだろうか?これは「キャベツ」のことだ。青森の妻の実家の近くにある八百屋さんの店先で売っていた苗に書いてあったものだが、実に楽しい。苗を売っているお人好しのおばあちゃんが普段云ってるままを文字に書いたものらしいが私が大好きな津軽弁である。では「カシミソ」って判る人は居るかな、これは上級編だからちょっと難しいと思うけれど「カスミソウ」のことなのである(これは津軽弁と云うよりも津軽の人が喋る一つの発音と云ったほうが良いだろう)。思わずカワイイっと声を出したくなってしまう。津軽弁と云うけれどこれが一つではない。町々村々で微妙に異なる言語を話しているようである。この世から方言がなくなったらつまらない。方言にはその地方の生活がにじみ出ている。●津軽語辞典
 茨城県の日立であった仕事のついでにそのまま妻の里の青森へ行って来たわけであるが(ついでにしては随分遠くへ行ったものである)、十ヶ月も行っていなかったから久し振りだったのである。
 5月3日には弘前城の桜を観に行った。なんと見事だった事よ。2600本あるという様々な種類の桜が今を盛りと咲き誇っていた。我が家がある横浜と比べると一ヶ月も遅いのには驚いてしまうが、今年は2度見ることができて幸せであった。ソメイヨシノなどは満開で、しだれ桜は三分咲きくらいであった。また意外にも私が好きなミツバツツジも咲いていた。きれいな色だった。沖縄から見始めて桜前線と一緒に追っかけをやりながら北海道まで行ったらさぞや楽しかろう、なんて考えてしまうのである。私は桜が大好きだ。十数年前に信州の人里離れた墓地に咲くしだれ桜を撮りに行ったことがある。その時はフィルムカメラで撮ったわけであるが、数百枚にも及んだ。その写真の中から三十枚ほどを全紙サイズに焼いて近所のリリスで催された写真展に出させていただいた事があった。



 2010年4月17日(土) 同じヒト?
 こうやって十年隔たった写真を並べて見ると、え? 前はこんなに太っていたの? とびっくりしてしまう。私は昔から2,3年のサイクルで体重が数キログラム単位で増えたり減ったりを繰り返してきた。その原因とは、、太った時にこれじゃ駄目だと思って努力して痩せる。ところがN響名誉指揮者のホルスト・シュタインさんが来ると彼のお腹を見ているうちに自分のお腹なんて実に可愛いもんだ、と思って安心するからその結果又太ってしまう、これの繰り返しだったのである。一番太った時の体重が64キロもあっただなんて、今思えばまるで嘘のようである。左右の写真の体重差は10キロにもなるのだ。前にも書いたことだけどその頃には「床の間の置物」だとか、「妊娠したフグが立ち泳ぎをしている」ようだとか、「エラ協会の会長」だとか、ハラショー(ロシア語で良い!素晴らしい!などの意味・私の場合は腹ショー)などと云われたのである。それが今では脂肪もとれて気持がよい。胴囲も最盛期?には1メートルを超えていたのだから呆れてしまうが、今は75センチしかない。去年の7月の検査の時に「血糖値が204になっている、これじゃ糖尿病街道まっしぐらだ」と医者から云われてショックを受けて始めたウオーキングは三日坊主にならず真面目にやってきたおかげで最近の血糖値は100以下を保持している。歩くことがますます楽しくなってきた。
 ところで今日は4月の17日であるが今の外気温は真冬並みの1度しかない。昨日は都心部で雪が降ったという。こんなことが有っても良いのだろうか。大地震の多発、頻繁に起きる大洪水、大干ばつ、14日にアイスランドで起きた大規模な火山噴火等々数えればキリがない。我らの宇宙船地球号は大丈夫だろうか、深刻な事態の前触れではないのだろうか、こわくなってくるではないか。気象庁のホームページから得た情報では4月の平均気温が一番低かったのは1944年でマイナス2.69度となっていた。



 2010年4月15日(木) 気になる太陽
 今日か今日かと待ち構えているのだけれど、長い間全く綺麗な朝の空が現れない。「今日の空」も開店休業である。
 昨日も歩いた。家を出てすぐの竹林の階段を98段登り、ヨーカドーの近くにある階段を156段登り、そうして栄プールの裏手にある階段を159段登ってと、計413段もの階段を含む6キロくらいのコースをウォーキングしてきた。あとの爽やかさを知ってからは止められない。
 コースの途中できれいな富士山が丸見えだった(iPhoneで撮った写真)。この写真の家の二階からの眺めは良いだろうな、と思いながらのウォーキングは足取りも軽い。背筋を伸ばして丹田の辺りでしっかりと重心を支え、背中の左右の肩甲骨を寄せて腕を腰から後側に振りながら歩くのである。桜の花が散ってピンクになった道すがらにはタンポポが咲き、ボケも咲き、八重桜が咲き、名も知らぬ沢山の花たちが咲いて土筆も出てきたこの頃は一年中で一番気持がよいのではないだろうかと思われる。
 と言ってしまったけれど、今朝の気温は何と6度しかない。四月の半ばでこれはないだろう。昨日の20度から急降下である。太陽で異変が起きているということは数年前から云われてきている。太陽の黒点が極端に少ない状態が続くとすれば、今後は一体どうなっていくのだろう。何が原因なのかはっきりしないが、これでは地球の温暖化の原因がCO2というのも説得力に乏しいではないか。そのうちに今まで云われてきた事が覆されるような大発表があるのではないだろうか。地球規模で大地震の多発や異常気象の多発も尋常ではない。
 当ホームページ表紙の最下段では2012年の12月までを秒単位でカウントダウンしている。本当は私もマヤ暦をあまり信じたくはないのだけれど今朝6時半頃には countdown to December 23, 2012 → 1013days17hours23mins54sec. となっていた。



 2010年4月9日(金) 体重体組織計
 我が家の道具類は世の中の進歩に遅れているものが多い。 この年になると若いときのように何から何まで最新のものを必要とは思わなくなっており、用が足りていればそれで良いと思うからである。体重計にしても、ただ重さだけを量れる機械式のものしか無かったのであるが、これは健康を気遣うようになってウォーキングを始めてからデジタル式の体重体組織計を欲しいと思いはじめていた。それで今頃になって買うことにしたのである。
 買ってみるとこれは面白い。体重はもちろん体脂肪、内臓脂肪、骨格筋、基礎代謝、体年齢、BMIがわかるという至れり尽くせりの機能満載である。(BMIとはBody Mass Index(体格指数)の頭文字のことで、体重÷身長÷身長で計算する) とにかくいままで使っていた機械式とは大違いであった。
 はやる気持ちを抑えて年齢、性別、身長などのデータを打ち込む。そうしていざ量ってみた。すると体年齢が56歳と出たではないか! いや、間違ったデータをインプットしたわけではない。正しいデータから私の体脂肪率、内臓脂肪レベル、骨格筋率、基礎代謝、BMIなどから体重体組織計が出してくれたデータなのだ。内臓脂肪レベルだけが標準値の上限から僅かにワンポイントだけ高かったのが悔しいけれど、とにかくほぼ理想とでたわけである。
 一時期、私の体型は床の間の置物(布袋様)とか、フグが妊娠したような、フグの立ち泳ぎというような表現が似合うものであったが、それがまるで嘘のような今日このごろである。このまま維持したいと願っている。
 今回は同時に歩数計も買ったけれど、こいつも今まで持っていたものとは格段に進歩しているものだ。益々健康促進への意欲がたかまってくる。



 2010年4月5日(月) 「たけのこ会」主催による「桜の山手西洋館巡りウォーキング」
 私が住んでいるマンションの敷地内には立派な孟宗竹の竹林がある。どこからやってくるのか毎年この時期になると軽のトラックで大量の筍を積んで持ち去る人をよく見かけたが、黙って見ている手はない、とばかりに一昨年から行政のほうからの援助もあって当マンションの住民で「たけのこ会」を組織したわけである。メンバーたちが間引きをしたり下草を刈ったりして入念に手入れをしてきたから「今年は良いのが出るよ」と云われていたのだけれど、最近少し出始めた。収穫された筍は大きさによって100円と200円の値段が付けられて集会所の前で売られるのである(安い!)。私はせんちゃんと連れだって集会所へいき、大好物の筍を買うことができた。妻が味噌汁や筍ご飯をつくってくれて春を満喫できるのも「たけのこ会」のメンバーの方々のおかげである。ありがとう!
 昨日はその「たけのこ会」主催による山手西洋館巡りウォーキングが行われたが、なんと31人という沢山の人が参加しをしたのである。仲良し住民たちはそれぞれお弁当持参で10時前に港南台駅前に集合し、根岸線で石川町まで行ってからブラフ18番館→外交官の家→テニス発祥記念館→山手68番館→ベーリック・ホール→エリスマン邸→山手234番館→山手111番館→港が見える丘公園→元町→中華街と、皆健脚で歩き通した。最高齢は82歳の男性であったが、遅れることもなく、すいすいと歩く姿には感動した。負けてはいられない。私の足は以前毎年八ヶ岳に登っていた頃には及ばないものの、思い直して始めたウォーキングも十ヶ月目に入って筋肉が付いてきているので坂道でも楽に歩くことができた。途中の山手公園で食べたおにぎり弁当はうまかった〜!葡萄酒のお裾分けもあって、ますますルンルンである。最後は元町から中華街へ行く途中で解散したが、私は元町通りへ引き返してウィンドウショッピングを楽しみながら石川町駅経由で帰って来た。
 「たけのこ会」主催による健康ウォーキングはこれからも二か月毎に行われる。6月には家からそう遠くないところにある称名寺や野島公園、伊藤博文邸などを巡ることになっており、8月には金沢湾でのアサリ堀りも予定されている。都合が付けば全部参加したい。(写真は外交官の家の前で)
 




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