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過去の日記帳 2003年10月 〜 12月

写真ははずしました。



 2003年12月24日(水) 韮崎のコンサート
 韮崎でのコンサートが今年最後の演奏会だった。 N響の卒業生が主になっているN響団友オーケストラのコンサートである。 こうしてたまに仲間と会えるのは嬉しい限りだ。オーボエの大先輩川本さんとも一緒になった。川本さんは傘寿を過ぎた現在もまだまだパリパリの現役だ!彼の健康の源は好んでやまないお酒であろうか。一番あやかりたい人の筆頭だろう。とにかく特異な人である。前夜は地元で今回のコンサートにコーラスに出演するメンバーの人たちに指揮の家田さんも加わって賑やかな前夜祭とあいなった。実に楽しかった。 笑いが絶えることはなく、終わっても後々まで腹が痛かった。



 2003年12月23日(火) ロッジ長蔵コンサート(12月20日)
 今年も尾瀬戸倉にあるロッジ長蔵で吹いてきた。暖炉のぬくもりに包まれた中でのクリスマスコンサートであった。今年の相手は作曲家で芸大教授のパリ留学時代からの親友尾高惇忠さんである。彼の自作自演も交えてのコンサートであった。彼と私の漫才?を交えてのコンサートは好評だったようだ。今年のメインは、何と言っても尾高さんが新たに僕のために作曲してくれたフルートとピアノのための二つの小品「ある夏の日の幻影」の初演である。演奏していて幸せ一杯だった。毎年聞きにきてくださる人たちともすっかり顔見知りになって、演奏のあと、いつまでも話 がはずんだ。



 2003年12月18日(木) 外山雄三さんご夫妻
 外山雄三さんご夫妻をお招きして 11月3日に松山で催された「世界を歩く坂本玉明と仲間たちの演奏会」の時、良いチャンスとばかり指揮者の外山雄三さん夫妻を我が家にお招きする約束をした。多忙を極める外山さんとの約束だから、変更にならぬよう願っていたが、やっとその日が来て予定通り昨日お見えになった。いや楽しかった。とてもここには書けないような話題(他人の中傷ではありませんよ)、歯に衣を着せない様々な話題に花が咲き、我々はシャンパン一本と赤葡萄酒を二本半カラにした。次回は外山家で、と云うことになって嬉しい事だ。その日が待ち遠しい。外山雄三さん夫妻がお帰りになってからも我々はいつまでも楽しかった余韻に浸っていた。



 2003年12月11日(木) 隠された証言 日航123便墜落事故
 最近話題になっている本
 隠された証言 日航123便墜落事故 =藤田日出男著(新潮社) =

 私は若い頃から航空機が大好きで、今でも本を読んだり、詳しい人から話を聞いては大空に夢を馳せている。しかし総てが楽しいことばかりではない。忘れもしない1985年8月12日に起きた日航123便墜落事故は520名の尊い命を奪うと言う痛ましい大事故であった。この事故については当初から圧力隔壁云々等、色々と取り沙汰されていたのは周知のとおりである。しかし様々な情報が飛び交う中で、一体我々はその中のどれを信じたらよいのか、素人には全く解ろうはずもない。2〜3年前だったと思うが、この事故を大きく取り上げた民放の番組「日本航空123便墜落事故、15年目の検証」というを見た。この番組は衝撃的であった。以来私が漠然と抱いていた疑問は大きくなるばかりであった。そして更に詳しく知りたくなった。航空機事故に対して軽々しく語ることは出来ないものだが、今までの事故の歴史を振り返ってみても、その原因がはっきりしないのが多いのは何故だろうか。そんな想いにかられていた最近、すごい本が出版された。元日本航空のパイロット藤田日出男の著書「隠された証言 日航123便墜落事故] がそれである。この本を読む中に何度も涙が出る場面があった。と同時に著者がこの事故に対する事故調査委員会の見解に疑問をもち、厳しく追求をしていく 姿勢に大きな感動をおぼえた。 =123便事故特集



 2003年12月10日(水) 上京
 昨日は久しぶりで上京した。(我家では東京へ行く事をこう言う)渋谷に旨いインド料理店があり、時々出かける。相変わらず美味しくて二人とも満足した。私は昔からカレーが好きだが、ここの店は本物のインドカレーだから好みに合うのだ。たまには前日から仕込むと言う相当に面倒なやりかたで自分でも作る。お米は勿論インディカ米を使う。他にもハンガリー料理のグーラッシュも得意だ。(自称)これも二日かけて作る。 帰途、第三京浜京浜国道を過ぎて横浜新道に入ったところの渋滞で不気味なほどきれいな夕焼けを見た。



 2003年12月8日(月) 事故
 母の家の近くを歩いていたとき、ドスンと鈍い音がしたと思ったら、いきなり猛烈な白煙が吹きあがった。一時は辺りが全く見えなくなる程だった。歩道に乗り上げたクルマが前に止まっていたクルマにぶつかり、慌ててブレーキのつもりがアクセルを踏んだものかどうかわからないが、後車輪が激しく空転して地面との摩擦でこうなったようだ。タイヤは跡形もなく焼け、辺りに砕けて飛び散り、リムだけになってしまった。この辺りは買い物をする人の車が歩道に乗り上げて駐車する無法な車が目立ち、歩行者は歩道を歩く事ができず、常々危険を感じているところだ。幸いなことに怪我人はなかった模様。ドライバーの猛省を促す!



 2003年12月5日(金) 尾高惇忠さん
 今月の20日に尾瀬戸倉の「ロッジ長蔵」で催されるコンサートの練習を葉山の尾高惇忠さんのお宅でやってきた。我々の間に遠慮なんて無いからお互いに意見を言い合いながら、一曲一曲仕上げていく作業がすごく楽しかった。あっという間に3時間が経ってしまった。今日はそのなかで何と言っても尾高さんの新作、フルートとピアノのための二つの小品“ある夏の日の幻影” が初めて音となる日だったから、特に楽しみだったのである。最初に一楽章を演奏し終えた時、思わず「おぉ、なかなか良いじゃんか!」という声が出でしまった。我々は興奮気味だった。心から嬉しさがこみ上げてきた。居合わせていた者からも満面の笑みがこぼれた。練習のあとは綾子夫人の美味しい手料理をいただきながら話はいつまでも続いた。この新作、作品の冒頭に書いてある à Monsieur Shinya KOIDE が何よりも 嬉しい。



 2003年12月1日(月) 北海道
 北海道は思った程寒くはなかった。今回の演奏会は標茶、釧路、厚岸の三ヶ所で、どこでも温かい聴衆に迎えられた。ヴァイオリンの板橋さん、ヴィオラの小野さん、チェロの海野さんたち、皆熱演であった。またどこの会場でもスタッフの方々の並々ならぬ情熱を感じ、そうした人たちに感謝し、感動に心が膨らんで帰ってきた。



 2003年11月23日(日) ケヤキの紅葉
 今年のケヤキの紅葉は特別にきれいだ。この辺りでは例年だと茶色に枯れてしまうのが普通のことなのに、今年のケヤキは東北で見るのと同じくらいにきれいだ。赤っぽいのや黄色っぽいのや茶色っぽいのが混ざり合って、目を楽しませてくれている。私はケヤキの落ち葉が敷きつめられた道が大好きだ。なのに掃除してせっかくの落ち葉の絨毯が無くなるとがっかりしてしまう。今日は深まる秋を見ながら駅まで歩いて行って昼食。帰りも歩いた。万歩計は約9000歩を少しオーバーだった。 明日から北海道だけど、荒れているようで心配。



 2003年11月22日(土) 元N響の仲間
 昨日は、東京でのコンサートで元N響仲間3人が揃った。 若い者に負けちゃいられらいよな!何て言い合って皆元気一杯だ。 この3人ファゴットの霧生さんとクラリネットの浜中さんとはN響以外でもアンサンブルでも数多くつきあってきた気心知れた間柄である。まだまだやるぞ!と演奏を終えた顔が清々しかった。



 2003年11月19日(土) 吉田雅夫先生逝去
 フルート界の大御所、吉田雅夫先生が17日の朝亡くなられました。享年88歳でした。謹んでご冥福をお祈りいたします。



 2003年11月17日(月) 三崎港
 我が家から三浦半島の突端三崎港までクルマで一時間ちょっとの道程だ。ここへ時々安くて旨いお寿司を食べに行く。行くと必ず魚介類を買って帰る。値段も安いし、何と言っても新鮮だから。今日は市場で穫れたての鰺を一皿買った後、いつもニコニコ顔で迎えてくれるおばさんが居る小さなお店へ寄って、マグロの尾の身の冷凍も買った。私の包丁さばきも手慣れたもので、鰺は三枚に下ろし、刺身でいただく。今日は、三崎から帰り道の葉山にお住いの大の親友、作曲家の尾高惇忠さん夫妻を訪ねた。 来月20日の、尾瀬戸倉にあるロッジ長蔵でのコンサートの打ち合わせも兼ねての訪問だ。久しぶりで会った我々は紅茶とケーキを頂きながら話が弾む。実はこのコンサートでは尾高さんが「私のために」作曲してくれた新作、フルートとピアノのための二つの小品「ある夏の日の幻影」を初演することになっているのである。パリ留学中に交わした約束が35年ぶりで成就するのだ。何にもまして嬉しいことである。 演奏家冥利につきる。



 2003年11月16日(日) 上郷東音楽祭
 私が住んでいる地域の「上郷東音楽祭」は、上郷南小学校の体育館で催された。地域住民が誰でも参加できる地域の交流の場でもあるこの音楽祭は、今年で14回目である。これはすごい事だと思う。会の運営に携わるメンバーの努力なくしてはあり得ないことだろう。私は第一回目から参加させていただいている。演奏していて会場には見覚えのある顔も見え、つい目が合うとこっちも微笑んでしまうと言うこともあって、実に和やかな会なのである。中学の吹奏楽に始まって合唱や独唱などああり、会場一杯の聴衆も地元の人の演奏に熱心に聞き入っていた。なんとも良い雰囲気の音楽会なのである。 終わってからは家で打ち上げ会だ。写真後ろの男性は礼文島の民宿「なぎさ」で知り合った仲間で、はるばる千葉から聞きにきてくれた友人のK氏である。美女を前に終始緊張気味のようだった。



 2003年11月15日(土) ブラジル風バッハ第6番
 11月21日のコンサートの練習だ。霧生さんとのヴィラ・ロボスのブラジル風バッハ第6番は今回で3回目になる。最初は私のリサイタルの時で1978年6月に、石橋メモリアルホールでの演奏だった。2001年に新日フィル首席奏者河村幹子さんと2回演奏しているので今回で計5回目の挑戦になる。第2楽章のFantasiaが難物だ。



 2003年11月11日(火) 気持ちの悪い蚰蜒(げじ)
 この世にこれ以上気持ちの悪いものはいない! 下の写真の木で見つけた虫である。あまりの気味悪さに背中に虫酸が走って寒気がしてくる。写真を加工していると嫌悪感で体がこわばってくる。蚰蜒(げじ)の中でも特に大きなオオゲジといい勝負だろう。 この虫?を写真館にも出してあるのだけど、まぁその気持ちの悪さったらない。こんなの、今まで見たことも 無い。集団でいるこいつら、一体なんだろう。足が6本あるが翅は無い。黒と赤の2種類居るが、赤いのは二匹だけで、ほとんどはやや小さい黒いやつなのだ。先の日記に出したことがある寄生虫と言い、今回と言い、変なものばかり出すなよと、ひんしゅくものだ。しかし体長15-20ミリのこいつの正体は?はたまた新種か?どなたか知りませんか?知っているがいたら人、是非々教えてください!
今日(11月14日)ついにこいつの名前が判った。どうやらこいつはヨコヅナサシガメらしい。赤いやつは脱皮したばかりで、時間とともに黒くなるという。中国が原産だそうだが、最近になって昆虫館などへの照会が目立つようになったそうである。見た目が気持悪いからだろう。地球の温暖化に伴って、生活範囲をどんどん広げている。この中国原産のヨコヅナサシガメは1928年に九州で初めて発見された。その後91年になって横浜でもで確認され、95年には栃木県にまで至った虫だそうだ。刺されると痛いそうだが幸いな事に毒は持っていないと云う。



 2003年11月8日(土) ペンション紫香楽
 十日間にわたった旅行から帰ってきた。関東ではカエデの紅葉がきれいだが関西から西へいくと、カエデに代ってウルシの紅葉がすごくきれいだった。鮮やかな赤に染まったウルシは、至る所で見ることができた。この旅行の写真は、まもなく「写真館」にアップします。今回最後の日は、昔からの友達が経営する信楽のペンション紫香楽で一泊、楽しい話で盛り上がった。この写真を撮ったあとで、この桜の木の幹に、見たこともない無気味な昆虫の集団を発見、沢山写真を撮ったのでこれも写真館に出します。さて一休みしよう。



 2003年11月4日(月) 坂本玉明さんのリサイタル2
 「世界を歩く坂本玉明と仲間たちの演奏会」は非常に温かな雰囲気のなかで行われた。地元の人ばかりでなく、遠く東京からも駆けつけた人たちで会場は一杯。外山雄三さんの解説とお話しで普通では見られないコンサートだった。アンコールは「坂本玉明氏の為に、友情を込めて」--と題された外山雄三さんの新作で、坂本さんのヴァイオリン、作曲者外山さんのピアノと私のフルートで演奏して盛り上がった。多くの人たちはこれが最後でなく、まだまだ演奏活動を続けて欲しい、と言っていた。



 2003年11月2日(日) 坂本玉明さんのリサイタル1
 もとN響のコンサートマスターの坂本さんの音楽会に賛助出演するために今日松山に着いた。来る途中、あちこちの友人を訪ねることにして、まずは徳島の和三盆糖の岡田さんのところへ行った。(リンクの部屋を参照してください)和三盆糖の原料となるサトウキビ(在来種で細く背丈もさほど高くない)は夏の天候は不順だったが、8月以後は好天に恵まれて順調に育っているとのこと。あとは糖度が上がるのを待って一ヶ月くらい後から収穫するのだそうだ。一方藍の栽培で名が知られている徳島県無形文化財の佐藤昭人さんも訪ねた。藍の収穫は7月ころなので天候不順がもろにたたって、今年の収穫は例年の七割しかなかったと言っていた。徳島の後は高知でお花屋さんを経営している山登り仲間の友人長谷川さんと数年ぶりで会った。高知では絶対に食べたかった鰹の刺し身を肴に地酒で盃を交わした。土佐流の盃のやりとりが楽しかった。しかしこの流儀では、とてつもなくきついもので、とことんまでやったら、、、死んじゃうかも。さていよいよ明日が本番だ。今夜は外山雄三さんご夫妻、植田克己さんご夫妻も到着されて前夜祭?は盛り上がった。



 2003年10月25日(土) ETCに思うこと
ETCとNシステム
 私もついにETCなるものを購入してしまった。これはエトセトラじゃなくてElectronic Toll Collectionのことなのだそうである。今までは取りつけ費用があまりの高額だったために興味もなかった。私は移動手段としては殆どの場合クルマだから、5万円のハイウェイカードを買って5万8千円分利用できる制度をありがたく利用していた。ところがハイウェイカードの割引制度がなくなってしまった。それでどうしようかと思案していたところ、最近になってETCでも前払いすることによって同じ割引率が適用になる事を知った。それでとうとう購入してしまったわけである。ところがこれで以後、私のクルマでの行動は監視されてしまう事となったわけである。クルマで走っていると気になることがある。Nシステムにしてもそうだ。これは高速道路や主な幹線道路に設置されているもので、ギラギラと光る沢山のカメラが横一列にずらっと並んで監視しているものだ。何とも嫌な感じがする。赤外線ストロボの発光で撮影し、通過するクルマのナンバーを自動的に記録している。犯罪の摘発には役立つかもしれないが監視されていることには抵抗がある。家を一歩出たら全ては監視されてしまう。私が、いつ、どこを、何時に通ったのかはETCやNシステムによって完璧に記録される。私はNシステムを通過する時にはフロントガラスに顔を近づけ、カメラに向かって反抗心をむき出しにして大袈裟に「あかんべー」をしたくなる。ささやかな抵抗だ。住基ネットにしてもそうだ、もう我々はバレバレなのだ。考えようによっては便利なような、また恐ろしい時代になったものである。そのうちに全国民の体内にチップを埋め込むことになりました、なんて時代が来ないことを祈る。



 2003年10月24日(金) 帰化植物
 毎年秋も深まったこの時期になると背高泡立草が元気になってくる。言わずと知れた北米原産の帰化植物だ。そのうちに動物も植物も、外国勢にやられてしまうのではないだろうかと心配になる。一時は花粉症の原因になると言われたが、風媒花ではなく花粉が空気中を漂うことはないので花粉アレルギーとは無関係らしい。茎の根元からは四方へ枝を出し、その先に新苗をつくる、という方法で大群落となるのだ。この花を使って染色もする。東北地方では、小さく細くて弱々しいのを見かけるが、関西以西では見上げるように太くて大きくなっている。今朝の散歩道で。



 2003年10月21日(火) ヴァイオリンの板橋健 さん達と練習
 世にも美しいモーツァルトのフルートとハープのための協奏曲K.299とは作品番号がたったの一番違いのK.298フルート四重奏曲イ長調と、ベートーベンのセレナーデニ長調の練習をN響の練習所でやってきた。仲間は来月北海道で一緒に演奏するヴァイオリンの板橋健 さん、ヴィオラの小野聡 さん、チェロの海野幹雄さんである。アンサンブルの面白さとは、異なる個性が一つの作品でぶつかりあうことだと思う。さて、本番が楽しみだ。
私は魚が好きなので毎日といっても良いくらいに食べている。特に最近鰹の刺身には油がのって美味しくて堪らない。しかし安心ばかりはしていられない、色々住んでいらっしゃるから。烏賊にも居る、鮭にも居る。私はどこに居てもすぐに見つけることができる。烏賊などは身の中に潜んで居ても、そこだけ変色しているのですぐにわかる。アニサキスはごく普通に見られが、この鮭の切り身に居たアニサキスとよく似た奴の正体は?鮭に中間宿主として宿るという日本海裂頭条虫、いわゆるサナダムシなのか?もしもそうだったら、こいつが体に入ってしまったら大変だ。10メートルにもなるのだから!昔小学生の頃にはみんな仲良く回虫を飼っていたものだった。なにしろ下肥をごく普通につかっていた時代だったのだから。目黒にある日本寄生虫館行って、いろいろと見たことがある。怖いもの見たさなのか、好奇心にはどうしても勝てない。でもこいつばかりはいつ見ても気持ちの良いものじゃないな。でもちょっぴりだけ、、、可愛らしいような気がしないでもない、かな?



 2003年10月19日(日) トミオカホワイト美術館
 トミオカホワイト美術館のコンサートが終わりました。今年のトミオカホワイト美術館でのコンサートは、なんと20回目だった。これはすごい事だと思う。企画スタッフの方々の情熱、毎年大勢参加してくださる聴衆の皆さん、地元の方々の理解など、有形無形の理解と援助無しにはあり得ないことだ。 今までの様々な出会の一つひとつを消えない印として心に刻んで、来年も元気な顔を見せ合いたいと、心から願う。



 2003年10月14日(火) 芳友寺のやまでら音楽会
 芳友寺やまでら音楽会 昨日は愛知県豊田市の芳友寺でヴァイオリンの永田真希さんと二人のDuoコンサートだった。過去何回もここで演奏しているおなじみのお寺さんだ。聴いてくださる方々は本堂で座布団に座っての鑑賞なので私みたいに座ると足が痛くなるく人にとっては少し大変かもしれない。聴衆のほとんどが常メンバーなので、毎年会ってはお互いの健康を喜び合う。終わってからの会も楽しい。食べ物や飲み物が豊富に用意されており、大いに盛り上がっていた。



 2003年10月13日(月) 中標津
 N響団友オーケストラ中標津公演に行ってきた。行っている間に3回地震があった。まだ余震が続いているのだ。仕事の翌日は、帰りの飛行機に乗るまでの2時間くらい中標津中学へ行ってフルートの生徒4人にアドバイスをした。初々しい生徒を見ていたら、私がフルートを始めた中学年代を思い出した。大好きなナナカマドが真っ赤な実をたわわにつけ、空気も澄んでいて透明、うらやましい。住み着いてしまいたいくらいだった。



 2003年10月9日(木) 坂本さんと練習
坂本さんは、松山から、私は横浜から東京に住んでおられる指揮者の外山さんのお宅に集合して、11月3日に松山で行われるヴァイオリンの坂本さんの会の練習をした。何の練習をしたかは、、内緒。



 2003年10月4日(土) 板橋さん達と練習
 11月の標茶、釧路、厚岸で公演する為の練習をN響の練習所でやってきた。昨日はプログラムのうちベートーベンのセレナーデ(Fl Vn Va )の練習だ。まだ若い時代に作曲された作品番号25番だがこれがなかなかの名曲なのだ。若い時代の作品といっても、十分に濃い音楽的内容をもっている曲である。しかし演奏は非常にむずかしい。 フレーズや強弱の指示などこれがなかなか突飛で面白い曲だ。 (ヴァイオリンの板橋さん、ヴィオラ小野さんと)



 2003年10月3日(金) 穂高
 北陸へ行ってきた。帰り道、安房峠の近くの温泉で一泊。翌朝の夜明けの穂高岳だ。なんと美しい夜明けだろう。以前河童橋の少し上流からペリコプターで飛び立ち、常念岳までを往復した事があるが早朝の穂高は初めてだった。




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