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過去の日記帳 2004年10月 〜 12月

写真ははずしました。



 2004年12月31日(金) 光ファイバー
 今年もあと二日となった昨日、引っ越した。引っ越しと言ってもプロバイダのこと。これは光ファイバー導入に合わせて予定していたことだ。ホームページデータの引っ越しや、ルーターの設定、メール設定の変更、エアマックの設定など、複雑きわまる数々の作業は到底私の手に負えるものではない。そこで私のコンピュータの先生である山下博央さんに登場願ったわけである。山下さんは学生時代に縁あって、私のところへフルートを習いにきていた人である。パソコンを始めて10年を過ぎた今、光ファイバー導入は新しい世界に踏み込んだ感じだ。自分が早くなったといっても、アクセシビリティーを忘れることなく、レイアウトの改良など、これからも精進していこうと思っている。尚、山下さんは先日放送になった「2004年 世界はテロとどう向き合ったか」の製作担当をしたNHK国際放送局番組部ヨーロッパラテングループCPである。



 2004年12月30日(木) 
 1904年生まれの父が今も生きていたら今年で百歳になる、と言うので父にまつわる昔話を持ち寄って母のところへ集まった。父は10月生まれなのだけど、皆の都合で延び延びになって今日になっていたものだ。40年前の録音で父の声を聞いたり、母が弾くオルガンで父が一番好きだった賛美歌「うるわしのしらゆり」を皆で歌ったりした。母は92歳になる今も元氣で母の家系での長寿記録更新中である。雪もたいしたことはなくて良かった。
27日から光ファイバー環境になった。いやぁ、アナログのダイアルアップでアクセスしていた今までとは比較にならない世界は驚きだ。数年前にADSLにしようと思ったことがあったのだけど、テストの結果はここでは確立しないと言うことがわかって以来、我慢の時期を送っていたから余計に嬉しい。光ファイバーとは光の反射現象を利用して光を数ミクロン〜数十ミクロンのコアの中に閉じ込めて伝える、というものだそうだが、なんでも光ファイバーを最初に考え出したのは日本人である、と昔読んだことがある。しかし残念なことに当時は誰も真面目に相手にしてくれなくて、そのせいで先に他の国にやられてしまったのだという。悔しい!



 2004年12月29日(水) 雪が降ってきた
 予報通り雪が降ってきた。都会では数センチ積もっただけでも大雪だなんて言うけど、これじゃ雪国の人から笑われても仕方がない。都会の人は雪に慣れていないからクルマも危ないアブナイ。太平洋側に雪が降るのは沿岸沿いを低気圧が通る春先だけど、今頃降るのは暖冬の兆しか?雪が積もると何もかも隠しちゃうからきれいに見えていいなぁ。



 2004年12月28日(火) Catastrophe
年の瀬も迫ったこの時期に、またまたCatastrophe(大災害)が起こった。
 スマトラ沖地震の震源地とマグニチュードを示すマークがたくさん重なって見えにくいが26日のマグニチュード9.0は一番下のマグニチュード6の陰になっている。これらはグリニッジ標準時で26,7日だけに起こった地震である。マグニチュード9.0の地震はこの百年間にたったの4回だそうだ。前にも書いたことであるけど、今年はどう考えても異常だと思う。何かが原因になっているとしか思えない。ある学者の研究によると地震や台風などの規模は年々激しくなっていくと言う。津波の映像を見ていて体が震える思いがした。多くの犠牲者の冥福を祈る。



 2004年12月27日(月) ロッジ長蔵クリスマスコンサート
 ロッジ長蔵でのクリスマスコンサートは盛会だった。毎年参加の常連の人達や今年初めて来た人達で会場は一杯になった。コンサート目当ての人もだろうが、ここの主である平野紀子さんを慕って来る人が多いのだ。去年の大雪はすごかったが、今年は周りの山々は白く化粧していたけど道路は両側に残るくらいで楽だった。暖炉の灯りとぬくもりのなかでのコンサートは雰囲気満点である。今回は気張ったプログラムにしたが、最後の2曲はクリスマスらしく静かにバッハ=グノーとシューベルトのアヴェ・マリアで締めくくった。アンコールは尾高惇忠さんが去年、ここでのコンサートでピアノを弾いてくれた時に新しく作った「尾瀬沼の笛吹爺さん」(誰のこと?)で、楽しい曲につられて笑顔のなかに終わった。さて、いよいよ盛り上がるのはアフターコンサートだ。6時頃から楽しい食事となる。初めは席も決まっているのだが、やがてあちこち移動し、席を変え相手を変えながら話がはずむ。私は早寝なので途中で抜けたが、まだ終わりたくない人達が時間を惜しむようにいつまでも盛り上がっていたらしい。皆さん、来年も元氣で会いましょうね!



 2004年12月22日(水) 光ファイバー
 今日も上天気。ふと見ると太陽光を受けたクリスタルガラスが目映いばかりに輝いていた。見る位置を変えると色もかわる。青く光る位置をさがして撮ってみた。壁に写る模様も美しい。
光と言えば我が家もいよいよ光ファイバーになる時が来た。間もなく工事なので必要品を買いにいかねばならない。これは去年の6月に入る予定が諸事情で延び延びになった曰く付きの一件。それがやっと実現にこぎつけた。カタログでは往復とも100メガのスピードが出ることになっているが、実際はそこまで出なくても今までのダイアルアップに比べるべくもないだろう。嬉しい!



 2004年12月18日(土) ピアニストの鷲宮美幸さん
 鷲宮美幸さんとピアノ合わせの練習をした。これは今月25日のためのもので吹いていて楽しいプログラムだ。終わってから一緒に写真を撮ろう、と言うことになって並んだのだけど、鷲宮さんはさっと半歩後ろへさがる。人よりも前だと顔が大きく写るのを知っているのだ。お互いに下がりっこのあげく、ついには私が負けてこのような写真になった。こういうときに男は負けてあげなくちゃ。



 2004年12月17日(金) 老祥記
 ああ、憧れの老祥記の豚まん!!当ホームページの「好きなお店」でもリンクしている神戸の老祥記。ここの豚まんはホントーに旨い。 大き過ぎなくて食べやすいし、薄皮と中身の味と量のバランスなどがパーフェクトで、これ以上ない程に旨い。だが悔しいかないつでも食べられるわけではない。美味しいものは遠きにありて思うもの、これを食べられるということは最高に贅沢なのだ。それを神戸市に住んでいる親しい友人の堀さんが送ってくれた。人気の老祥記はいつ行っても行列ですぐには買えない。それを多忙の身でありながら時間をかけて買い、更に冷凍して送ってくれたのだ。誰がこんな面倒なことをやってくれるだろうか。心して味わうべし。これを出雲の出西窯の器(写真・底に穴があいている蒸し器)で蒸していただく、、美味しい!堀さん、Merci beaucoup!!!



 2004年12月16日(木) 湯豆腐の会
 昨日は友人たちがわざわざ九州から湯豆腐セットを取り寄せて持って来てくれ、湯豆腐の会となった。嬉野温泉水に豆乳を加えたスープで食べるという一風かわった食べかただが、これがなかなか美味しかった。これにアカガレイの煮付、銀杏おこわ、スペアリブ、サラダ、自作の薫製、香の物なども持ち寄って賑やかなうちに平らげてしまった。いつもの通り話題は豊富で大いに盛り上がった。私の友人達はほとんど定年で会社勤めの重責から解放された人が多い。昨日の奥様たちも待ってました、とばかりに主人と二人きりの時間をもてる喜びを感じているみたいだった。



 2004年12月11日(土) 週刊誌の取材
 昨日はなんだか照れた1日だった。と言うのも週刊誌に出る広告の写真を撮る日だったから、、この取材には文京九中時代の同級生が関係していてるので私なんかが選ばれたらしい。それが証拠に数年前に同級生の井上てつひこ君(プロ・ダンサー)も出たことがあったというから。取材は楽しい雰囲気のなかで行われた。取材が終わってから、今度はゆったりとした気分で残りを平らげちゃったけど、なかなか美味しいハンバーグだった。広告は来年の1月24日発売のYomiuri Weekly(旧週間読売)に出る「男の味かげん」で、スポンサーは日本ハンバーグ・ハンバーガー協会。



 2004年12月9日(木) シュトゥットガルト・ゾリステン
 シュトゥットガルト・ゾリステン(弦楽六重奏)の演奏会でシェーンベルグの浄夜、フランクのピアノ五重奏などを聴いた。このメンバーの人達とは去年の4月にモーツァルトのフルート四重奏を共演していらいの再会だった。日本各地でシュトゥットガルト放送交響楽団の演奏を終えたあとも残って六重奏団としての演奏活動をしているわけである。先月の28日に横浜で聴いたベートーベンのシンフォニー五番、六番は指揮者との相性があまりよくないと感じた私だ。ところが昨日はまったく別の音に聞こえた。どこからあんなに柔らかな音がでるのだろうかと思った。そういえば思い出すことがある。名古屋でゲヴァントハウス弦楽四重奏団と共演した時のことだったが、演奏者が会場からの質問に答えるという企画があった。そのときにヴァイオリンのカール・ズスケさんが「室内楽で楽しいこととは何でしょうか?」と尋ねられて、「まず第一に指揮者が居ないことかな、」と答えて会場から笑いを誘っていたことがあった。言うまでもなくこれは軽いジョークだが、先日の横浜の時には、ただ私が勝手に楽員に対して同情しきりだったので、今日は嬉しかったのである。(ピアノは中野真帆子さん)



 2004年12月7日(火) 第一回目の忘年会
 今年第一回目の忘年会を近所にお住まいで親しくお付き合いさせていただいている小林ご夫妻と我々の四人でよく行く銀八寿司で楽しくやった。小林さんは大のクラシック音楽ファンで最近久々にN響定期公演に登場した大マエストロ、W・サヴァリッシュのことなど、話はもっぱら音楽のことでもちきりだった。さて、いつも美味しそうなご馳走の写真を撮りたいと思っているのだけど、、いざ料理が出てきちゃうと食べるのに夢中になって気が付いた時には時すでに遅し、、今回も同様であった、、、残念!



 2004年12月5日(日) ミシュラン
 ムッシュ・ビバンダムでおなじみのミシュランはもともとタイヤの会社だけど、地図やレストラン、名所旧跡案内、ホテルの案内などもあって重宝している。地図は世界中のものが用意されているから外国で運転するときにはどこへ行くのでもミシュランの道路地図を用意しておけば大丈夫だ。非常に使いやすいので初めてのところでもまずは迷うことはない。レストランの格付けもXマンが常時各レストランをまわって実際に食事をして味、衛生状態や接客態度などを採点し、それを星の数で評価して発表する。これが大きな権威を得ているのはご存じの通り。留学中にパリの超有名レストランの星の数が一つ減って話題になった年があったが、その評価は世界的に認められているのだ。タイヤは私がクルマに乗り始めた頃から四十年以上も愛用している。信頼度抜群だ。もちろん冬だけではなく、ノーマルも履いている。さて冬用タイヤだが五年も使ったにしてはさほど減っていないが、さすがに堅くなってきたので履き替えた。北国を走り回る今度の冬もこれで安心。(窒素ガスを入れている)



 2004年12月3日(金) 三浦大根
 三浦半島西側の海に沿った国道134号を南下して先端に近くなると、辺りは急に開けて見渡す限りの三浦大根畑に出る。家からここまでは30数キロだ。我々はこの三浦大根が大好きで、毎年楽しみにしている。道沿いにも下の写真のように何カ所か売っているところがある。青首大根よりもかなり高価だけど、それだけのことはある。短冊に切って海苔を振りかけ、>醤油をかけて生のままで食べるのが好きだ。しゃきしゃきと歯ごたえもよく、身もつまっていて旨いったらない。この時期、うっかりしていると一年間お目にかかれない事になってしまう。がシーズンはこれからだ。まだ出始めたばかりなのでやや小振りだった。



 2004年11月28日(日) トーマス・ティム
 ヴァイオリン奏者のトーマス・ティムは、ベルリンフィルの公演が終わた後、ソロのコンサートのために日本に残って全国五カ所で演奏している。昨日はそのうちのミューザ川崎小ホール「音楽工房市民交流室」で催されたリサイタルを聴いてきた。バッハのシャコンヌに始まってベートーベンのスプリンソグナタ、休憩後はフランクのソナタとサラサーテのカルメン・ファンタジーだった。非常に素晴らしいコンサートだった。音楽、技術、全てが実に大きく豊かで、器の大きさが聴く人を圧倒した。トーマス君の才能は誰もが認めるところであり、ベルリンフィルに入団後僅か八ヶ月でセカンドヴァイオリンの首席となったのは異例だそうだが、ごく当たり前のように思える。それどころかコンサートマスター就任もそう遠いことではないという気がする。彼が使っているヴァイオリンはドイツ製のシャーデというものだそうで、信じられないことにまだ出来てから二年目の若い楽器だそうである。(Schadeはドイツ語で残念の意だがそんなことないね、と大笑いになった)ピアノの田中麻紀さんも好演で、ぴったりと息のあったアンサンブルが素晴らしかった。
終演後今日28日は同じプログラムで奈良公演、明日は一日フリーで明後日帰国の途につくそうだ。今回の来日は一ヶ月間の長きに及んだためか、指折り数えてあと何時間後にはベルリンで待っている愛妻と子供二人に会える!と嬉しそ うに笑った。



 2004年11月24日(水) 教育勅語
 引き出しを整理していたら岡山に居た時の通信簿が出てきた。終戦の年の初等科第一學年の時からのもので当時は通信簿とは言わず學校手牒と書いてある。懐かしさに表紙をめくると先ずは教育勅語だ。句読点は一切ない。
 朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世世厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦實ニ此ニ存ス爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭儉己ヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓発シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕ガ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ 古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳拳服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ 明治二十三年十月三十日 御 名 御 璽
 続いて岡山縣生徒児童誓詞には
 我等ハ帝國ノ學徒ナリ。謹ミテ 聖旨ヲ奉體シテ本分ヲ盡シ以テ大御心ニ對ヘ奉ランコトヲ誓フ。
とある。学校印は疎開先の「西大寺町國民學校之印」だ。この難解で長ったらしい教育勅語をあんた、(大好きな遠藤周作風)小学一年生が丸暗記させられたんですぞ。お若いの?教育勅語の読み方?これはキョウイクチョクゴと読むのである。ちなみに勅語とは天皇の言葉のことである。同年代の諸君、これ懐かしいよね。朝礼の時なんかに白い手袋をはめた教頭先生が頭上に捧げ持って読むあいだ、最敬礼をしながら聞かされたもんだよね。この教育勅語も戦後政治改革によって1946年には奉読と神格的取扱いが禁止され、ついで48年6月には衆参両院で憲法、 教育基本法などの法の精神にもとるとして排除、失効確認決議と相成った。ところでこの學校手牒を更に開くと当然成績表があって、理數科の欄には「綿密ニ思考スル、自然物ヲ興味ヲ持ッテ観察スル」とあり、藝能科の欄には「思想的表現巧、内容豊富ナリ」と書いてありました。
 え?今でも教育勅語をそらで言えるのかって? 
 あんた、まさか! 思い出しとうもない、昔はち〜た〜覚えとったが、今じゃまるっきし忘れてしも〜た、こんなでぇれぇ長げえの、おえりゃ〜せんが。




 2004年11月22日(月) 関東平野は坂が多い
 津軽出身の妻がこの辺りに来て最初に言ったのは「坂が多いね」だった。言われてみれば確かにその通りである。真っ平らな津軽平野とは大違いだ。それに比べると東京や横浜は坂だらけだ。だから電車から見ていても危なっかしい所に家が建っているのがよく見える。三浦半島には背骨のように山が連なっているのでこの写真のような標識も見かける。景色に変化があって良いのだけど、大雨が降るといつも心配で仕方がない。



 2004年11月17日(水) ベルリンフィル
 上野の文化会館でベルリンフィルを聴いた。うまいなあ!否、これは旨すぎるのだ!入場券は完売で一枚も無く、我々夫婦はヴァイオリンのトーマス君(ゲヴァントハウス管弦楽団の首席チェロ奏者ユルンヤーコブ・ティムの長男)から貰った招待状一枚で前半と後半に分けて半分ずつ、という聴き方をした。前半は私が聴いた。ドヴォルジャークの野鳩という作品は初めて聴いた。相変わらずオーケストラがまるでひとつの生き物のように動きながら心地よい音が会場に響き渡る。う〜ん、さすが!という出来だった。木管もきれいだったが弦楽器郡の鳴り方がすごかった。後半はマーラーのシンフォニーの第五番で妻の結花がこれをが聴いた。ベルリンフィルもマーラーの五番も初めて聴いた結花は感激した顔で出てきた。驚く気持ちは分かる。これが超一流の音なのだから。世界に一流はたくさんあるが超一流はわずかだ。細かいアインザッツが僅かに乱れた場面も見られたが、ラトルの指揮も好感がもてた。楽員からの信頼もあついらしい。トーマス君もすっかりオーケストラの一員として慣れたようだ。27日には彼のソロリサイタルを川崎へ聴きに行く。トーマス君も今年31歳になった。いつも素敵な奥さんと可愛い二人のお子さんの写真を見せてくれるいいお父さんだ。
※チェコ人の友達に発音してもらったことがあるが、何回聞いてもドボルザークではなくドヴォルジャークだった。



 2004年11月14日(日) 小島芳子さん
 この五月に43歳という若さで惜しまれつつ世を去ったフォルテピアノ奏者小島芳子さんのご両親のところへご挨拶に伺った。延び延びになっていたが、やっと行くことができた。部屋には生前元気だったころの芳子さんの写真がたくさんかざってあり、悲しみがこみ上げてきた。遺骨を納めた箱に手を添えて冥福を祈った。まだ彼女が桐朋の学生だったころから才能に惚れ込み、 全国を引っ張り回して共演してもらった私である。一緒に演奏してもらった時の数々の場面がよみがえってきた。これからも芳子さんからもらった貴重な音楽の財産を大切にしていこうと心に誓った。



 2004年11月8日(月) 上郷東音楽祭
 毎年恒例の「上郷東音楽祭」が今年もすぐ近所の上郷南小学校の体育館で6日に催された。(小学校の場所はすぐ下の写真で向側の斜面に見えている)体育館と言っても音響は悪くない。今年の出演者は、私を含めてピアノやヴァイオリンなど5人だった。私が演奏したライネッケのフルート協奏曲は私にとって初めての演奏で緊張気味だったが、十分に練習してあったからあがる事はなかったけれど、まだまだ課題は多いだろう。ピアノパートを引き受けてくれた矢野歌菜子さんも大変だった。オーケストラをピアノに編曲したものは弾きにくいだろうし、弾く場所ごとに違うピアノで弾かねばならないピアニストは気の毒である。さて、ライネッケは暮にもロッジ長蔵小屋で演奏する。頑張るぞ!



 2004年11月5日(木) 良い天気だな〜
 朝食のあとでお気に入りの豆で入れたコーヒーをゆったりした気分で楽しむ。こんな日にはフルートの管も良く響いてくれて気持ちがよいのだ。今日は間近にせまったライネッケの最後の仕上げに励むとしよう。



 2004年11月2日(火) 川淵直樹作陶展
 麻布のギャラリー「桃居」で催された川淵直樹さんの作陶展に行って来た。一歩店に入ったとたん、予想通りに私の好みにぴったりの作風の作品が並んでいるではないか。奢らず、気取らずの自然体のやさしい作風が好きだ。手にしている南蛮焼き締めの徳利に一目惚れして求めた。これで先般入手したぐい飲みと揃ったわけだ。



 2004年10月27日(水) 天災
 急に寒くなった。新潟の被災地が非常に気になる。被災者はどんな思いでいるのだろうか。きっと想像もできないくらいの苦しみだろう。一日も早い復旧を願わずにはいられない。予期しない時に突然やってくる天災ほど恐ろしいものはない。今日は今は亡き父の誕生日だ。生きていたら百歳になる。



 2004年10月23日(土) 矢野歌菜子さんと練習
 心配していた台風23号は案の定大きな被害をもたらした。台風23号の高波が高知県室戸市の防潮堤を破壊して住宅を襲って3人が亡くなった時、沖合13キロに設置してある全地球測位システムの津波計が、何とビル8階建ての高さと同じくらいの26.15メートルの大波を観測したという。こんなことがあろうとは全く 信じられない、想像しただけでも恐ろしい。今年はフロリダのハリケーンの大暴れなど、世界的に異常気象だが、なにが原因になっているのだろうか。さて昨日はピアノの矢野歌菜子さんとライネッケのフルートコンチェルトの練習をした。矢野さんは今までにも共済病院でのボランティア公演などでも共演してくれた人である。さて本番はここ地元の音楽祭で11月6日だ。



 2004年10月16日(土) 台風23号
 またまた大きな台風23号が南方に見えている。気象庁が発表している今朝の台風23号は
位置 北緯15度55分東経134度0分
大きさ 大型
強さ 強い
中心気圧 955hPa
最大風速 中心付近で40m/s
進行方向 北西
速度 10km/h
暴風半径 中心から190km
強風半径 中心から南650km
中心から北520km
となっている。これが更に発達して被害がでることがないよう願う。



 2004年10月9日(土) 2004年国際航空宇宙展
 横浜のみなとみらいで催されている2004年国際航空宇宙展へ行ってきた。1700円払って専門家の商談会を見に行ったような気がしないでもなかったが、ともあれ興味津々には変わりなかった。この写真は我が国が世界に誇る液体燃料ロケットH-IIA型のエンジンだ。初めて見ることが出来た。私がまだ中学生だった1955年に糸川博士が小さなペンシル型ロケットから研究を始めて以来興味をもってきたが、我が国のロケット技術がここまできたと思うと感無量だった。 この他に私が特に期待している800人乗り巨大ジェット旅客機エアバスA380の資料もあった。これはあと数年で実用化になるはずだ。またこれとはコンセプトを異にして開発中のボーイングB7E7の資料もあった。ヨーロッパ対アメリカの闘いにこれから先の興味が大いにつのる。



 2004年10月8日(金) 息子の明日也
 明日也を連れて母のところへ行った。明日也にはたまにしか会えないので母は大喜びだった。なにか聞かせて、という我々に明日也は十五世紀の音楽を聴かせてくれた。今月下旬にはまたイタリアへ行ってしまうので、別れ際に今度はいつ会えるの?と母は淋しそうだった。



 2004年10月7日(木) 息子の明日也
 イタリアへ留学している息子の明日也が一時帰国した。リュートの勉強をしているのだが、今回は帰国ついでに、たまたま来日していたホプキンソン・スミスのマスタークラスを、ルネサンスリュートで受けたそうだ。私は普段は肉を食べないのだが、今日は息子のためにすき焼きをやり、食後にはコニャックを楽しんだ。



 2004年10月5日(火) 芳友寺
 愛知県豊田市の芳友町にある芳友寺である。芳友寺はひっそりと静まりかえった環境のなかにある。周りを山に囲まれているせいか、国道から僅か5分ほど入ったところだが気温は2〜3度も低い。ここの住職安藤源亮師は敷地内に小さなに窯を築き、焼き物もやるという人だ。ここ芳友寺での「山寺コンサート」と称するコンサートに呼ばれて行ってきた。今回が31回目であった。はるか遠方からも聴きに来る人がいてすっかり定着しているようだ。さすがにこの日ばかりは賑やかになった。終演後は会場となった本堂に用意されていた料理が運ばれ、楽しい雰囲気のなかでの団欒となった。住職の人柄に集う多くの人達から支えられているこの会、これからも長く続くことだろう。




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