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過去の日記帳 2005年4月 〜 6月

写真ははずしました。



 2005年6月30日(木) プロバイダ
 旅行から帰ってきた。去年の暮れから契約したプロバイダのアクセスポイントが少なく、旅先からアクセスできなくて困ってしまった。これは予想していたことだけど不便なので考えなくちゃならないと思う。
○表紙の写真
 表紙の写真を変えてみた。私の愛器Haynesだけど、今までは歌口だったので今度は足部管にした。実物大にしたら彫刻もなかなかきれいに見える。ところでフルートも金になると高価だ。でもベーゼンドルファーやスタインウェーなどの一千万円以上もする高価なピアノと比べたら安いもんだと常々思っていたけれど、実はこれが大きな勘違いであることが分かった。気になっていた計算をやってみた(計算と言うほど大袈裟なものじゃないけど)。すると金のフルートは百グラムで百万円以上にもなるのに対して、ピアノは数千円にしかならなかった。松阪牛と同じくらいかな? これはフルートがピアノより五百倍も高価と言うべきか、ピアノが安いと言うべきか? これじゃ自分のフルートが更に愛おしく見えてくるではないか。でもここで悪乗りして他の楽器のグラムあたりの値段を計算するなんてことはやるまい。大体こんな計算なんてナンセンスだし、全く無意味だからネ。
○タグの間違い
 今回の旅行中、仕事が終わってから時間があったのでじっくりテキストを見直してみた。(iBookは持参していたので)とにかくタグの間違いや変更したほうが良いところの多さに驚いた。特にInternet Explorerで見た「iDiary」などの文章の行間がなかったのはとても読みづらかったと思う。(これは以前指摘して下さったかたが居たのに出来なかったいきさつがある)これを直すタグはあるけど、そう簡単ではない。自分なりに改良を加えてやっとできた。(今度の見え方はいかがでしょうか、今まではごめんなさい)
○五所川原でのコンサート
 妻結花の小学校のころからの親しい友人川口奈津子さんと夫の真史さん達が企画してくれた6月19日のコンサートは暖かい雰囲気の中で行われた。なれないことだらけだったと思うのに、本当にご苦労様!プログラムは「九曲」で、これは「究極」のプログラムと言うことにして和洋折衷で組み立てたもの。アンコールには「リンゴ追分」も含めて3曲を演奏した。僕としてはこういう機会が沢山できると嬉しいな。
写真は後列左がピアニストの岡田照幸さんでその隣が仕掛け人の川口真史さん、戸沢大二郎さん、私の順。前列は右から川口奈津子さん、三橋大輔さん、長谷川さん。さて、今回の旅行で撮った写真は約七百枚、iPhotoの準備をしなくっちゃ!



 2005年6月12日(日) 栄ゾリステン
 来る7月9日に行われるコンサート、栄ゾリステン弦楽アンサンブルとの初合わせ練習を行った。私の出番はバッハの組曲第二番ロ短調である。練習の合間に当日のプログラム用の写真を撮ったがそのうちの一枚がこの写真。和気藹々としていてとても雰囲気が良いグループだ。地元の団体との共演はとりわけ嬉しい。コンサートの会場栄区民文化センターリリスの音響がすばらしいし、大いに楽しみなコンサートである。 コンサートのご案内



 2005年6月11日(土) 思い出が沁み込んだ譜面
 ボロボロになってしまったHenri Dutilleux デュティーユのSonatineの譜面。表紙には1968年10月7日にパリで17フラン67サンチームで買ったと記してある。当時の1フランは大体90円だから今の1500円くらいだろうか。ちなみにレッスン代はジャン・ピエール・ランパルとクリスティアン・ラルデがワンレッスン50フラン、ジャン・ピエール・ウスタシュはオペラ座の首席で偉かったから60フランだった。譜面のあちこちにはそのラルデやランパルやウスタッシュなどがレッスンの時に鉛筆で書いてくれた注意書きが残っていてる。この曲、演奏会に、録音にと今までに一体何回演奏してきたことだろう。でも吹く度に新しいことに気づくことが多い曲である。間もなく青森で演奏する。



 2005年6月9日(木) またまた楽しい夕餉
 最近はお客さんを招いての食事の機会が多いが、昨日は教え子とお母さんを誘って妻が作ったグーラッシュを振る舞った。グーラッシュ(Gulasch タマネギ、パプリカ、すね肉などを用いて作る手の込んだハンガリー料理=ハンガリーでは Gulyás グヤーシュ)は私の得意料理の筆頭であるが今回は妻が上手に作った。そう言えばウィーンには「グーラッシュ博物館」というおもしろい名のレストランがある。ウィーンの人たちが好きな料理だが、一方子牛のカツレツのようなウィンナーシュニッツェル Wiener Schnitzel もウィーンの名物料理である。フィグルミュラーというレストランでこのウィンナーシュニッツェルを注文して待っていると、やがてボーイさんが大皿からはみ出した超特大のやつをテーブルに運んできた。私が思わず「うわぁ〜大きい!」と叫んだら、ボーイさんは事も無げに「 nein nein,ganz normal いやいや、ごく普通だよ」と、言ったのには笑ってしまった。きっとこういった事も含めてこのレストランはウィーンの名物になっているらしかった。料理は楽しい。 GULASCHMUSEUM 興味がある人はコピー&ペーストで見てください。→ http://www.gulasch.at/



 2005年6月7日(火) 楽しい夕餉
 私が住んでいる横浜市栄区には1986年6月の栄区誕生とともに栄フィルハーモニー交響楽団が創立され、以後定期的に活動が行われている。私も地元民として今までに何度か共演させていただいたことがあるが、昨日はその栄フィルの常任指揮を努める松村正春さんやコンサートマスターの千原友子さん、フルートの柴田隆さんがお見えになって楽しいひとときを過ごした。私は7月9日にその栄フィルの弦楽器部門で編成された栄ゾリステン弦楽アンサンブルとバッハの組曲第二番を演奏することになっている。(食後の一時 右から松村さん、柴田さん、私、千原さん、妻)
♪ 7月9日バッハ組曲第二番の演奏会



 2005年6月5日(日) 64センチの大鯛
 長崎の友人が凄いものを送ってくれた。この巨大な鯛!こんなの初めてだよ。鰺くらいの大きさの魚ならば手慣れたもんだけど、64センチの鯛をおろすなんてやったことは無い。なにしろまな板を大きくはみ出しちゃうんだから。腹を開けたら大きなスルメイカが丸ごと出てきてびっくりした。やっと刺身で一杯やるころにはもうくたくた。まるで戦いだった。しかし旨かったな。まだまだ昆布〆にしたり、粕漬けにしたり、あらには塩をふって冷やしたので明日も明後日も楽しめそうだぞ。(あまりの大きさに笑いすぎて撮ったのでピントが合っていない)



 2005年6月4日(土) K夫人
 同じメンバーが集って年に1,2回行っている「食べ会」は楽しかった。料理は毎回K夫人が考えてくれることになっているが、今回はソバを使った料理をつくってくれた。いつも率先して何でもやってくれるK夫人とは言わば幼なじみでメンバーの中では親分?的な存在。昨日の料理は茹でたソバに酢を加えてカンピョウ、セリ、シイタケ、カマボコなども一緒にして卵の薄焼きと二枚の海苔で海苔巻きのようにし、これを輪切りにして汁に漬けて食べるというものだった。更にK夫人が蓼科から採ってきたという山うどやタラの芽などの山菜を天麩羅にして戴き、とても美味しかった。私は山うどの先っぽの天麩羅が大好物。しかし最近どこでも売っている栽培ものの山うどは色も形も香りも全くの別物で残念。さて、次回はいつ?



 2005年6月3日(金) 石榴(ざくろ)
 毎年今頃になるとすぐ近所に石榴の花が咲く(写真)。私は小さい頃からこの花の色が好きで、綺麗に咲いているのを見つけると思わず立ち止まって見とれてしまう事がある。石榴について調べてみた。八重咲き種は結実しないらしい。驚いたのは鬼子母神との関係である。鬼子母神は自分の子を養うために日夜、子供を盗んできてわが子に与えていたと云う。それを知った釈迦は鬼子母神に石榴を与え、人の子のかわりにその実を食べよと戒めたそうだが、人肉が石榴の味なのだろうか?そう言えば鬼子母神は石榴の実を持っている。中国では根の皮を寄生虫駆除薬として使用する。石榴は英語でpomegranateだがgrenadineとも云う。これは木管楽器の材料となるGrenadillaと似ているけど関係があるのだろうか。色々調べて石榴へ対する気持が変わってしまいそうになってきた。



 2005年5月30日(月) 茶陶苑・大蔵コンサート
 川越は小江戸と言われており、蔵の町として有名である。その川越市の中心部にある亀屋山崎茶店の山崎正博氏が主宰した「茶陶苑・大蔵コンサート」は改装なった文化財指定の蔵に溢れんばかりの人々を集めて行われた。この日を迎えるまで山崎氏がたてた微に入り細をうがった綿密な計画によってオープニングは大成功であった。茶陶苑と言うように蔵の内部に並んだガラスケースには有名な陶芸家の作品が陳列されていて雰囲気を盛り上げていた。クラシック音楽ばかりでなく幅の広い分野での催しを続けていく予定だという。ピアノは鷲宮美幸さん。



 2005年5月26日(木) オオキンケイギク
 今年も近所の土手が賑やかになってきた。まだちょっと早いようだが例年ここはぎっしりと隙間無く黄色の絨毯になる。一旦咲き始めると延々長期にわたって咲き続くので、たいがい見過ごすことはない。この花の名を調べてみたが、どうやら北アメリカ原産の帰化植物でキク科のオオキンケイギク(大金鶏菊)らしいと判った。 同じ北米原産の帰化植物セイタカアワダチソウは嫌われ者だが、このように綺麗な花は歓迎だ。これからしばらくの間は楽しめる。金鶏と言うと旋律が美しいリムスキー = コルサコフのオペラ金鶏を思い出す。



 2005年5月23日(月) 沢田 教一 プライベイトストーリー展
 横浜駅西口のデパートで催されている「沢田 教一プライベイトストーリー展」へ行ってきた。 沢田夫人からも招待されていたので是非とも行きたいと楽しみにしていたのだが、仕事で出かけていたので最終日の一日前になってしまった。沢田教一は言うまでもなくベトナム戦争の写真「安全への逃避」でピュリッツアー賞を受賞した写真家である。私は以前から沢田教一の写真に強く惹かれているので度々見てきたが、改めて今回膨大な量の写真を見て様々な感情に満たされた。会場には年配の方が多く来ていたが、若い世代の人たちにも見て欲しいと思った。1994年の事であるが、何かの記事で沢田夫人は料理が上手で自宅で「グルメさわだ」というレストランを開いている事を知って弘前のお宅に行ったことがあった。何も知らなかった私は昼食に行ったのであるが、行ってみてから実は夕食だけの、しかも予約しなければならなかったことを知った。しかし優しい夫人はそんな私を歓迎してくださり、代金もとらないで美味しい料理を御馳走してくださったのである。久しぶりにお目にかかった沢田夫人はとてもお元気そうで嬉しかった。来月はコンサートで青森(五所川原)へ行くので是非とも「グルメさわだ」に行きたいと思っている。今日は桐朋時代の恩師斉藤秀雄先生の誕生日である。1902年生まれだから生きていたら102歳だ。



 2005年5月21日(土) N響団友オーケストラ
 N響団友オケ(N響卒業生による)の仕事で約一週間信州へ行ってきた。二胡奏者の劉鋒(リュウ-フォン)さんを迎えての団友メンバーは総勢25名。小学生と中学生に聴いてもらったが、子供たちの表情が可愛らしいので出番ではない曲の時には子供たちの表情を狙ってシャッターを切りまくった。何歳になってもサン-テグジュペリが描いた子供の心を持ち続けたいものだと思う。 団友オケの仕事は仲間と会えるのでとても嬉しく、まるで同窓会のような夕食時は楽しくて酒も旨かった。今回私はバッハの管弦楽組曲第二番からロンドとバディネリなどを演奏した。



 2005年5月13日(金) 栄共済病院
 クリミアの天使と呼ばれたフィレンツェ生れのイギリスの看護婦Florence Nightingaleーナイチンゲールーの生誕の12日、今年も横浜栄共済病院看護師会による催しで演奏させていただいた。いつものように車椅子や点滴を受けながらの入院患者さんたちも看護師さんに連れられてきてくださった。世の中のあらゆる人の心に入り込んでいきたい、といつも願って奏でている私にとって、とりわけこのようなコンサートでは更に強く願わずにはいられない。演奏が終わってから一人の入院患者さんが点滴をうけながら私のところへ来てくれて、「今日の演奏を聴いていたら涙があふれて、、」とまで言ったら大粒の涙が溢れてきて、あとは言葉にならないまま去って行った。私も胸が熱くなった。今日演奏して良かった、と心から思った。ピアノは鷲宮美幸さん。



 2005年5月11日(水) 調律
 明日は横浜栄共済病院で吹くので、いつもの通り一日前に行って調律をした。古いピアノだけどかわいい音がでる。どなたかが寄付をされたピアノだそうだ。明日はいつものコンビ鷲宮美幸さんがひいてくださる事になっている。
今日行ってわかったことだが、院長先生と看護部長さんが変わっていた。
(調律はいつも真剣な顔つきになる)



 2005年5月8日(日) 兄の古希
 昨日は兄の古希を祝おうと母のところに小出家の面々が集まった。古希とは「人生七十古来稀」に由来するらしいが今じゃ特別に稀なことでもなく、兄もまだまだ若い。昭和16年の童謡「船頭さん」の歌詞に“今年六十のおじいさん”というのがあるけど冗談じゃないよ、と言いたい。先日行われたWHOフォーラムの会で講演された聖路加国際病院名誉院長の日野原重明氏は1911年のお生まれだから94歳という高齢だが、まったく年齢を感じさせない若々しさで延々一時間以上も立ちっぱなしで話しておられた。日野原氏より一歳若い母も非常に元気だ。フロリダ在住の妹も参加して賑やかに兄を祝った。
  前列左端が母で右端が兄。



 2005年4月29日(金) エアバスA380とボーイング787
 全てエコノミー席の設定だと800席以上にもなると言う巨人機エアバスA380は昨日フランスのトゥールーズ飛行場において5万人が見守る中を初飛行に成功した。離陸すると歓声があがったという。エアバスA380はこれから1年間にわたる試験飛行を行って2006年には1号機がシンガポール航空で就航することになっている。すでに150機以上を受注していると聞くが、競争相手のボーイング787と受注合戦を繰り広げている。両機とも経済性をうたっているがコンセプトが異なる両機のどちらに軍配があがるのか興味深い。



 2005年4月26日(火) 東條茂子さんと鷲宮美幸さん
 前々から約束していた東條茂子さんがピアニストの鷲宮美幸さんと一緒に遊びに来てくれた。エマヌエル・バッハの三重奏をやったりして楽しんだ。東條さんは私が桐朋を教えていた頃に私のレッスンを受けたことがある人で桐朋卒業後はスイスに留学してジュネーブ音楽院でマクサンス・ラリューに師事、1989年に帰国するまではスイスで演奏活動をしていた人である。
昨日は常夜鍋(酒を沸かした鍋で豚肉とほうれん草を食べる料理)をつつきながら約20年ぶりの再会にいつまでも話が弾んで底抜けに楽しい一時だった。



 2005年4月24日(日) 妻の両親と旅行
 妻の両親と共に山陽地方を旅行してきた。行く先々で楽しい思い出がいっぱいできた。最近人気急上昇の近藤正彦さんは昭和46年岡山県生まれの若手の作家である。隠崎隆一に師事し、平成15年牛窓の寒風に窯を築いて昨年11月に初窯を出した。面取り、しのぎなどの作品を得意としており、すでに我が家の食卓にも徳利、湯呑みがなどが登場している。備前に行ったら是非とも会いたいと思っていたので、寒風地区の窯場を訪ねた。まだ若いお二人は新婚さんと言った感じ。きれいな奥様は学生時代にピアノとフルートをやっていたそうである。会えて嬉しかった。作品は全て私の好みで魅力に溢れている。ガス窯や電気窯が増えてくるなかで、近藤さんの窯は約半月もかけて炎で焼き締めるという本格的な窯だ。次の窯出しは5月ころの予定だそうである。
 (近藤正彦さんの作品は蒐集癖の「酒器」と「湯飲み」参照)



 2005年4月18日(月) 岡山は思い出の地
 岡山城
 昭和20年6月29日深夜の岡山大空襲のとき、小学校一年生だった私は一家一団となって旭川の川原に逃げて助かったが、そのとき目の前の岡山城に直撃彈が命中してみるみるうちに炎が上がり、やけ崩れていった。その烏城(うじょう)も1966年に復興されたが今は鉄筋だ。天守に登った時の気持ちも複雑だった。
久しぶりに桃の里の藤原敬介さんを訪ねた。私が焼き物を好きなことをご存じだから、ロクロを回さないかい、と言われて早速今回はぐい飲みを作った。



 2005年4月15日(金) ニンニク(人肉と画いてある!)
 この写真は99年5月に上野界隈で撮ったものだ。まだ画素数が少ないカメラだったから少し荒いけど、いつ見ても楽しくてしかたがない(既に何度か出したことがある)。ニンニクは激安のものが中国から大量に入って来ているけれど、私は国内産の方が味も良いし粒が大きくて剥きやすいから好きである。我が家の料理に欠かせないニンニクは高いけれど妻の出身地青森のものを使っている(ホワイト六片と言う種類)。ニンニクの中に含まれるアリキシンは脳の働きを活発にするらしいし、老化防止にも効き目があるそうだから一石二鳥だ。ニンニクの語源となった忍辱(にんにく)は、もともと「辱めを忍ぶ」意味の仏教用語だそうで、釈迦が説法中に臭気を気にして身の入らない尼がいたためであったと言うから面白い。オケの場合もニンニクが大量に入った料理を演奏前に食することは傍迷惑なので厳禁だ(守られていない)。



 2005年4月11日(月) ヤマブキ
 家のまわりは花盛りだ。花の中でもいつの頃からか私はヤマブキが大好きで、それも一重の方がなお一層好きだ。自分の墓のまわりは山吹で埋め尽くしてもらいたいと思っているくらいだ。この花を見ると小学校の時に習った太田道灌の物語を思い出すのは私だけではないだろう。
 七重八重 花は咲けども山吹の みの一つだに無きぞ悲しき
 この歌を思うとき、道灌に蓑を乞われて花を差し出す貧しい家の乙女の姿と共に必ず当時の自分の様々な生活の事なども思い出す。山吹伝説の舞台となったのは太田道灌が鷹狩りの場所としていた埼玉県の越生町で、現在は山吹の里歴史公園となっている。今度行ってみよう。今年のヤマブキの花は例年になくきれいに見える。



 2005年4月9日(土) サクラ
 サイタ サイタ サクラ ガ サイタ
 妻が言うには毎年桜が咲くと私が決まってこう言うのだそうだ。さて、これを知ってる人が居るかな。なにしろ昭和20年当時小学校一年生の時に習った国語の教科書(尋常科用小學國語讀本巻一)の最初のページに出てくるものなのだから。今年の桜は待ち遠しかったから特にキレイに見える。風さんには遠慮してもらってしばらくは咲いたまま散らさないで欲しい。
 ちなみに、サイタ サイタ の後は
 コイ コイ シロ コイ ススメ ススメ ヘイタイ ススメ だった。 いや、もうやめておこう。



 2005年4月6日(水) 鬼瓦
 右の写真は我が家のベランダに鎮座する鬼瓦。雨の日も風の日も文句一つ言わずにじっと睨みをきかしてくれているが、このところ春めいてきたのでご機嫌らしい。時々睨めっこするが、なかなか可愛いらしい顔をしている。もう30年以上も前の事になるが、京都の樫原に在る瓦窯を訪問したときのこと、浅草の浅草寺宝蔵門の鬼瓦を作っているのを見て欲しくなり、特別にお願いして手に入れたものだ。今でも浅草に行くとたくさんの兄弟達に会える。(時々顔を見たいのでこっちを向いてもらっている)



 2005年4月4日(月) 金沢自然公園
 家から山道を歩いて金沢自然公園の中にある金沢動物園まで行ってきた。檻の中では動物たちがのんびりとして、いかにも春といった風情。山道では桜の蕾も開花を目前に目一杯に膨らんでちらほら咲き始めていることろもあった。写真右のレンギョウやスミレなどの可愛らしい花が咲いて歓迎モードにルンルン。日曜日でもさほど人が出ておらず行き交う人もまばらだった。今日の歩数は往復で1万8千歩。さすがにマイクロレンズの解像力はすごい。右のレンギョウの写真をよく見たら花の真ん中に虫が入っていた。花をコンピュータに例えるなら虫が入って故障したことから言われるバグだ。



 2005年4月3日(日) 新潟から来た千紗ちゃん
 昨日新潟県から来た千紗ちゃんは間もなく中2だ。フルートが大好きで本格的な勉強をしたい、とお父さんと一緒にここへやってきた。始めて間もない時期は非常に大切だ。こういう若い人材を育てることの難しさは並大抵じゃない。さて今日は天気も良いし、桜も開きかけているので山道を歩こうかと思う。もちろんD70を持って。



 2005年4月1日(金) ボケとユキヤナギの花
 洒落じゃないけどカメラをNikonD70にしてから被写体前後のボケがきれいになった。ボケは表現手段上大事なことだ。前使っていたコンパクトデジタルカメラとはひと味もふた味も違う。木瓜(ボケ)の事は2月25日の日記にも書いているから随分長く咲いている花のようだ。隣にユキヤナギの花も加わって一層春らしくなってきた今日このころである。
今日は大嘘をついても良い日だけど、ぐっと我慢、、できるかな。




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