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過去の日記帳 2010年1月 〜 3月

写真ははずしました。



 2010年2月22日(月) 甲藤さんと同じパウエル
 東響首席奏者の甲藤 さちさんが多忙なスケジュールから時間を割いて練習にきてくださった。今オケは大変らしい。
 3月20日に新宿のパウエルジャパンのホールで行われる「Old New Faces Flutes Concert」の練習を初めて行ったわけであるが、なんと二人とも同じパウエルのGrenadilla, 14K Rose Gold Mechanism(グラナディラ)である。買ってから三年目を過ぎたところだけれど、これは私も初めてのことだ。聴く方にしてみれば同じフルートでも音が違うことが判って面白いのではないだろうか。いくら楽器が同じでも吹く人間は同じじゃないから、これは違って当然のことなのであるし、だから面白いとも云えるのである。
 初めて練習をやってみて、これはなかなか大変なプログラムだと思った。大きな曲で難しいものばかりだ。でも名曲が揃っているからやり甲斐がある。2時からと6時からの二回公演なので体力も要るだろう。
 ピアノの小林 えりさんを交えての練習は3月に入ってからだ。(「コンサート」にご案内が出ています)



 2010年2月21日(日) 港南台コートハウスでのコンサート
 21日は私が住むマンションの集会所で演奏した。今までなかなかチャンスがなかった。
 普段から家でピアニストとの練習の時などはご近所にはにうるさい思いを我慢していただいているのではないかと気になっているから、そのお詫びの気持といえば大袈裟だけど前々からこういう機会があったら是非吹かせていただこうと思っていた私である。だからとても嬉しい気持で吹くことができた。
 曲は中田章の早春賦、宮城道雄の春の海、本居長世の七つの子、滝廉太郎の秋の月と花、バッハのサラバンド、新井満の千の風になって、ドンジョンのエレジー、ドップラーのハンガリー田園幻想曲という9曲であったが、例によって「究極のプログラムです」などと云うのはいつもの通りである。ピアノ無しのフルートだけでドップラーを演奏したのは初めてだった。この曲はほとんどフルートが吹き詰めなので、案外面白く聴けたのかもしれない。
 同じマンションに住んでいても、お付き合いはそう多くはないので普段なんとはなくお見かけしたような方々も、ああ、矢張り同じマンションの方であったのかと分かったりして、とても和やかな雰囲気に包まれた楽しい一時であった。1983年に入居してから27年も経っており、今では定年退職された方も多く時間が出来たのでコミュニケーションも盛んになってきたのである。
 アンコールは城ヶ島の雨を演奏したが、三浦半島の我々には受けたようであった。
 終演後は椅子を片付けてお茶菓子をいただきながら懇談した。それから場所を畳の部屋に移して二次会は更に盛り上がった。こんな雰囲気は今までに無かったからとても楽しかった。皆の笑顔がとても印象に残った日であった。



 2010年2月20日(土) 神奈川県立鎌倉養護学校
 ピアニストの泉玲子さんと始めた鎌倉養護学校での訪問演奏は第27回目になった。いつもの体育館に大勢の生徒達が集まって行われた。
 演奏の合間に「質問コーナ」の時間を設けて生徒達と話し合うのも楽しみのひとつになっているが、そのなかで毎年必ずと出る質問がある。それは「そのフルートはいくらですか?」というものだが予想通り今年も出た。それに答えると、わ〜っと声が沸き上がる。「一番好きな曲は何ですか?」という質問もよくある。好きな曲は多すぎて答えることができないから困ってしまうのである。山ほどあって答えられないですよ、と云うしかない。でも聞いて見たい気持はとても良く分かるけど。「一日何時間練習をするのですか?」という質問もよくでる。私はここで「若い頃には簡単にできていたこともトシをとればそうはいかなくなるのですよ、トシをとればとる程練習量を増やさなくちゃならないのです」と、例の“小出の法則”「重ねた年と練習量は正比例する」の話しをした。指を動かす為の練習も大切だけど、練習方法や曲の内容などについては若い頃より「考えて」やるようになったことは間違いないと思っている。
 生きていたら来年も来ますよ!というと大きな歓声が沸き上がった。
 毎年思うことだが演奏を終えて会場を後にするときはちょっぴり淋しくなる。(写真は養護学校の先生が撮って下さったもの)



 2010年1月13日(水) ついに、、
 ズボン下なんてこの年になるまで着用したことなんか無かったのに、ついにお世話になることになってしまった。きっと今年の寒さと加齢が重なったからなのだ。いやだいやだ。
でもはいたことが無かったわけでもない。それはスキー場だけでのことで、気温がマイナス20度くらいに下がったときにはさすがにタイツを着用せずにはいられなかったことが何回かあった。
 でも普段には一切着用したことがない。肌に密着して触れる感触がいやでイライラするのに耐えられなかったし、大体下半身が冷えるなんてことはなかった。布団に入ればどんなに寒い日でも5分も経てば足の先までぽっかぽかに温まった。あゝそれなのに それなのに、と思わずどこかで聞いたセリフが出てこようというものである(古いなぁ)。
 ズボン下を探しに新横浜に近いららぽーとに出かけた。2種類買ってみたけれど、その片方が感触も良くて気に入った。きっと肌が束縛されてイライラする事よりも温かいことのほうが勝ったからだろう。
 一旦はいてしまったらもう離れられなくなるのだろうか。ま、この際なんだかんだ言わずに感謝しつつお世話になることのほうが良いのかもしれない。もっともっと探して私にとって究極のズボン下を探し求めるのも面白いかもしれない。
 ズボン下を求めて幾千里、なんと色気のない話しだろう。



 2010年1月1日(金) Bonne année et bonne santé !

 新年おめでとう!
 年男だけれど何回目なのか数える気もしない。
 世界的に不安定な状態が続いている。いつ、なにが起きてもおかしくない状態だ。今年がどんな年になるのか不安だ。

 珍しく青也以外が哲也の家に集まった。
 横浜に、フランスに、京都に、と離れているから息子達全員と揃うのは不可能に近い。
 ルリコンゴウインコのニコちゃんも加わって記念撮影。
 (後ろ左がチェロの哲也とルリコンゴウインコのニコちゃん、隣がストラスブールでリュートを勉強中の明日也。
 私の隣はピアニストの哲也夫人と孫のれんちゃん、そして妻とせんちゃん。円形写真はギターの青也)




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