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過去の日記帳 2003年1月 〜 3月

写真ははずしました。



 2003年3月31日(月) イラク戦争
 テレビの報道でイラク戦争と言っているのを聞いて、あれっ?と思った。あきらかにアメリカ戦争じゃないのか?こういう言い方が戦争素人の私には皆目わからない。最初に仕掛けたのは国連を無視したアメリカだった事は誰しも認めるところだろう。アメリカのテレビがイラクのことを 戦争犯罪人と言ったのを聞いてあきれた。核兵器のウラン弾を使ったアメリカに対してメディアが大人しいのも理解できない。報道されている内容を全て信じても良いのだろうか。このまま戦争が広がっていくと、世界はどうなっていくのか。今、危ない瀬戸際にいるような気がする。劣化ウラン弾



 2003年3月27日(木) 誰も知らない小さな国
 戦争で重々しい気分の毎日を過ごしている今日この頃だが、今日は田浦小学校時代の同級生二人が遊びにきてくれた。田浦と言えば私の愛読書「誰も知らない小さな国」の著者、童話作家の佐藤さとる氏が住む近くなので、私はあの物語は田浦近辺の山の中の話しだと勝手に決めてワクワクしている。向かって左が田中健一君で、右が当時級長をやっていた藤田順正君だ。田中君はコンサートの部屋の見出しでピアニストの鷲宮さんと演奏しているところの写真を撮ってくれた人である。とても楽しかった!後ろの壁は我家で飲み干した八海山のラベルを順に張っていったもの。



 2003年3月27日(木) (26日深夜)劣化ウラン弾
 夜中にテレビを見ていてショックな事が言われていた。アメリカが記者会見の席で劣化ウラン弾を使用した、と発表したのだ。これは核兵器だ。恐ろしい名前だが、一体どんな爆弾なのだろうか。信じたくない!



 2003年3月23日(日) 金沢動物園
 家から山道を歩いて金沢動物園まで行ってきた。山道はいよいよ春を感じて心地よかった。 このインド象の雄は体重が五トン以上もある。皆が見ている前で瀧のような大放尿して観客から歓声(?)があがった。帰りはバスを使ったので万歩計は一万五千歩。



 2003年3月21日(金) イラク戦争
 戦争は嫌だ。だがとうとう始まってしまった。何故人間は戦争をするのだろう。人類の歴史とは殺し合いの歴史じゃないか。TV解説者が喋っていて思い出したが、イスラエルに対しても とうの昔に今回のイラク同様の国連決議が出されていたそうだが何故アメリカはイラクにだけこのような態度に出るのだろうか。
1685年の今日J.S.バッハが生まれた、、。 ダグ・ロッキー米陸軍少佐の証言



 2003年3月15日(土) 大調和会
 今日は上野の美術館へ大調和会に所属する関正一さんの作品を観に行った。 毎年好んでの農民の姿を描く関さんの作品からは、いつものように温もりを感じた。 自分の家の裏の畑の初雪の様子を描いた作品だそうである。 関さんとは20年来の友人で、八海山のコンサートの仕掛け人だ。



 2003年3月14日(金) 二万二千歩
 いやぁ〜歩いた歩いた。先日のローマには僅か及ばなかったけど、二万二千歩も歩いちゃった。風が強くて寒かったけど、それでも大勢の人が来ていた。子供に還ったようだった。楽しかったので又行くかもしれない。



 2003年3月6日(木) 飛行機大好き
 昔から飛行機が大好きな私は、窓から翼やエンジンを見るのが好きだ。主翼は地上に駐機している時にはほぼ水平だが、このように巡航高度に達すると先端が2〜3メートル以上も上に引っ張られているように見える。昔、ダグラスDC-7Cの二つ並んだエンジンの上下の動きが逆になってるのを見て驚いたことがあるが翼は実にしなやかだ。翼端がきゅっと反りあがったウィングレットはB747ダッシュ400が最初だと思うが、最近は他の機種でも多くが採用しているようだ。なにしろこのお蔭でB747-400では東京-ニューヨーク間で燃料がドラム缶25本分(約五千リッター)相当が節約になるそうだから凄いものだ。それでもヨーロッパからの片道で二十万リッターも消費する。AirbusA340-300は(オーストリア航空)今回初めてだったが、このエンジンを見ているとファンジェットにしては細く見えるがバイパス比はどの位なのだろう。エンジン音はB747よりも静かで後部座席でよくある横揺れも感じられなかった。数年後にデビュー予定の総二階建、レイアウトによっては800座席も可能というAirbusA380の就航が待ち遠しい。帰国の途、機中からの夕焼けがすごくきれいだった。



 2003年3月3日(月) イタリア旅行
 妻と二人でイタリアを旅行してきた。サン・ピエトロ大聖堂に最初に訪れたのは1960年、ローマオリンピックが開かれた年であった。その時にはイタリア・ルネサンスの巨匠ミケランジェロの「ピエタ」にガラスの覆いは無かった。現教皇のヨハネ・パウロ二世は今年83歳になられるそうだ。今回はローマ、アッシジ、シエナ、フィレンツェ、ヴェネツィアと周ってきた。ヴェネツィアではちょうどカーニバルの真っ最中!(写真館を見てください)イタリアは大好きである。既に帰りの飛行機の中で叉行きたい気分になっていた。



 2003年2月18日(火)旧友の訪問
 まだフルートを始めたばかりの十代の頃を近所で過ごした友達が友人二人を連れて遊びにきてくれた。昼食に鴨鍋をいただきながら話がはずむ。出会い、それは長い人生のうちでも尊いものだなぁ、と思う。こころ和む午後の一時であった。次回はアンコウ鍋を約束して別れた。



 2003年02月09日(日) 散歩
 やっと少し気温が上がってきたのでしばらくサボっていた散歩を再開、足馴らしに駅まで歩いてみた。うるさいクルマの音から逃れて裏道を歩いて往復で約8キロくらいの行程。この辺りは小川に沿っていて畦道のようなのでとても気に入っているのだが、以前からこのように不法投棄されたクルマが放置されている。監視カメラが設置されていたが、効果はないのかまだ数台を見た。恥を知れ!と大声で言いたい。



 2003年02月03日(月) 鎌倉養護学校
 東京芸大卒のピアニスト泉玲子(旧姓金井)さんと二人で鎌倉養護学校で演奏をさせていただくようになってから今年で20年目になった。今では一つの生き甲斐になったような気がしている。毎年この時期、私の下手なお話しを交えての演奏、プログラムには「質問コーナー」もあり、そのやりとりが叉とても楽しい。生徒一同と来年の再会を約束して帰ってきた。



 2003年02月01日(土) スパムメール2
 前の日記でも書いたが、一ヶ月以上になるのにこいつの悪さは今も終っていない。出していないのにもかかわらず、私のアドレスから意味不明のものが添付されたメールを受け取った人はどう思うだろう。これは私が出すのではなく、私のアドレスを登録してある感染者から行くわけだ。詳しくない人は私がいたずらで出したと思ったかもしれない。これを防ぐためには普段からのウィルス対策を怠らず、運悪く感染した場合でも速やかに駆除することが望まれる。良い環境つくりに努力しよう。



 2003年01月24日(金)スパムメール1
 最近、迷惑メールが氾濫している。去年の暮れ頃だったろうか、覚えの無いところからファイルが添付されたメールがやたらと来るようになった。有る場合には知っている人からだったので聞いてみると、送った覚えは全く無いと言う。これは明らかにいたずらだ。悪循環でどんどん広がっていくから始末が悪い。私はこれらのメールが来たら差出の人アドレス、サブジェクト等全てをメールソフトの設定でゴミ箱へ直行するようにしている。大勢の仲間がやられている。これは許しがたいことだ!



 2003年01月18日(土) 津軽の冬
 夜更け、深深と降る雪を撮ろうとシャッターを押した。まるではるか彼方のクエイサーを天体望遠鏡で見ているような写真が撮れた。去年発表された長期予報では今年はエルニーニョ現象の影響で暖冬のはずだった。しかし気象庁は今日、その予報を修整したようだ。津軽の冬はまだまだこれからなのだ。



 2003年01月09日(木) 大曲新人音楽祭コンクール
 毎年正月に開催される秋田県大曲市の「大曲新人音楽祭コンクール」は7、8日の二日間にわたってピアノ、弦・管・打楽器、声楽の各部門で行われた。今年は第15回目である。参加予定者84人のうち欠席が7名も居たのは風邪が流行っているからだろうか。今年のグランプリは激戦の末ピアノの山崎早登美さんが勝ち取った。弦・管・打楽器部門はいっしょに採点されるのできついコンクールと言える。グランプリをとると翌年、全参加者の演奏が終ってから発表までの時間にリサイタルの機会を与えられるが、今年は去年のグランプリの栄誉に輝いたヴァイオリンの三木晶子さんがファリャのスペイン民謡組曲などを演奏した。写真は終ってからの打ち上げ会で、左から審査員で作曲家の四反田氏、ヴァイオリンの三木さん、私、三木さんの伴奏をした山本さん。



 2003年01月03日(金) 父のお墓参り

 母と兄夫婦、それと私たちで父のお墓参りをした。ここ鎌倉霊園は明るくて気持ちがよい 墓地である。父は20年前に79才で他界したが母は今年91才になるがとても元気。この日の気温は朝から零度のままさっぱり上がらず、小雪が舞う寒い日であった。



 2003年01月01日(水) フリードリヒ大王
 新しい年が明けた。フルートソナタだけでも百二十曲つくったプロイセンの国王フリードリヒ二世(1712-86)が自分の宮殿に付けたSans souciというフランス語の名前。大王がやったこと全てが良かったのかはさておき、お抱えの兵士にまで自分が得意だったトラヴェルソを与えたほどの音楽好きであった。ご存じのようにsans souciとは「憂い無き」の意である。 なにやらきな臭い世情に不安を抱かずにはいられない今日このごろ、戦争の無い世の中になれないものだろうか。今年も世界平和を祈願しよう!
 このホームページを作ってから十ヶ月が経過した。まだまだ不可解なタグ。奥が深い。もっともっと勉強しなくちゃ。




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