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過去の日記帳 2007年4月 〜 6月

写真ははずしました。



 2007年6月30日(土) 1700キロクルマの旅
 今回の旅は一寸長かった。初日は新潟に泊まり、新潟在住でフルートの大先輩須貝和気三氏と久しぶりに盃を酌み交わした。米寿を迎えられた氏は見た目にも大変にお若くてとても元気であった。嬉しいことである。佐渡での夕鶴公演は大成功だった。佐渡と言えば9年前に私がN響団員として最後の演奏をした思い出の地である。演奏の仕事が終わってからは新潟から国道7号線を北上し、鳥海温泉で一泊してから妻の実家青森の五所川原へ行った。春頃から休みが無かったので心ゆくまでくつろがせて貰った。五所川原はちょうど「虫送り」の時期で3年ぶりに見ることができた。踊りの動きが独特で不思議な魅力を感じるお祭りである。以前に比べると外国人の参加が多くて驚いた。帰途は福島の岳温泉の松渓苑に泊まり温泉と美味しい料理を堪能し、この旅行のしめくくりをした。松渓苑は当ホームページの「好きなお宿」で紹介しているお気に入りの宿である。
 さて、昨日は明日のピアノ合わせの為にピアノの調律をした。勿論ベルクマイスターである。名調律師故斉藤義孝氏が設計した自慢のピアノとベルクマイスターとの相性は抜群なのだ。練習が楽しみ!(写真は海抜600mの岳温泉入り口の大看板の前で)



 2007年6月6日(水) 信州の高原にある外山さんの作曲小屋
 別天地という言葉があるけれど、これは指揮者、作曲家外山雄三さんご夫妻のお宅にぴったりの言葉だと思う。クルマの騒音や汚れた空気とは全く無縁の信州の高原に佇む「作曲小屋」に私達が伺ったのは昨年の今頃につづいて二度目である。前々から楽しみにしていたので前の晩は小学校の頃の遠足よろしくウキウキしてよく眠れなかった。有名な避暑地などの中にはまるで都会の繁華街のように騒がしくなってしまったところもあるが、作曲小屋は静寂の中に小鳥たちの囀りが爽やかにこだまし、上天気にも恵まれて清々しい高原の空気が充ち満ちて何とも居心地の良い世界であった。外山さんのお宅には可愛らしい訪問客が賑やかに訪れている。それは庭にせり出したウッドデッキにやってくるリスや鷽(ウソ)たちなどだ。私たちが住んでいる三浦半島で見かけるのは大柄であまり可愛いとは言い難い台湾リスだが、それとは大違いのいわゆるニホンリスで、姿や仕草が可愛いったらなかった。赤みを帯びた夏毛に生え替わっているのもやってきていて、余りのかわいらしさに私は至近距離から夢中で写真を撮りまくった。楽しみにしていた食事もすごく美味しかった。奥様の手料理が次から次と出てきて私達を堪能させてくださった。「指揮者」と「楽員」の関係というものはある種の緊張感を伴うものであるが(少なくとも楽員側から見ると)、それが外山さんとの間では希薄になってきたように感じられて、そのことを堪らなく嬉しく思った。葡萄酒をいただきながら私の脳裏では、こここそ「壺中天地」ではないだろうか、或いはここは「作曲山人舎」というのが似合うのではないだろうか、などと思うのだった。普段早寝の私が時の経つのも忘れて気がついたら夜中の12時をまわっていた。翌日の昼食後、「又いつでも来てね」という外山ご夫妻の優しい言葉に見送られて作曲小屋を後にした。


 2007年6月1日(金) 吹奏楽について思うこと
 「したやウィンドアンサンブル」と先月30日の「東京ガス吹奏楽団」と吹奏楽との関係が続いていたが、東京ガス吹奏楽団とのコンサートが終わって一段落した。昔アルフレッド・リードの指揮する東京佼成ウインドオーケストラと協演したことがあった(ヴィヴァルディのピッコロ協奏曲)。管楽器だけのアンサンブルというものは(コントラバスは入っているが)オーケストラで育った私にとっては異次元の世界のようでもあった。吹奏楽においてはクラリネットがヴァイオリンの役目を担う場合が多いからクラリネット奏者には繊細な表現力が要求される(繊細さは他の全ての楽器にも当てはまるのは当然であるが)。今までに聴いてきたコンクールや今回の共演も含めて、もしかしたら我が国の吹奏楽に一番欠けているものはこの繊細さかもしれない、ということを感じている。この点がもっと進歩すれば大きな発展が望めるだろう。もちろん奏者ばかりではなく指導者には更なる「責任」があるのは当然であるが。バランスの良い美しい響きと表現力を求めて精進するものが勝ち残るだろう。吹奏楽団と協演して色々と楽しく、貴重なことを沢山学んだが、こんなことも感じていた私である。(写真は5月30日に東京オペラシティで行われた東京ガス吹奏楽団定期公演のリハーサルより)



 2007年5月28日(月) 龍角散ビルコンサートが終わった。
 築11年になるという新龍角散ビルのロビーは大理石をふんだんに使ったとても響きの良い会場だった。このようなコンサートを50年間も続けてきた龍角散というのも珍しい会社だと思う。龍角散は実にユニークな会社である。開演時間が近くなるにつれてお客さんが増えてきて、しまいには立ち席まで一杯になってしまった。文字通りのぎゅうぎゅう詰め。そんななかで指揮をする中馬 脩さんを初めメンバーの皆さんも演奏に熱が入り、聴衆は目と耳?を皿のようにして聴き入っていた。演奏をする側と聴く側の名コンビがこのコンサートの長い歴史から出来上がっているようである。じつにあたたかい聴衆であった。コンサートを聴きに来られた藤井社長夫人と母堂も嬉しそうにしておられた。終わってから催された打ち上会も楽しかった。話はもう次のコンサートのことで盛り上がっていたようである。今回演奏したチマローザの協奏曲は明るく軽快でとても親しみやすい名曲である。もっと演奏されても良いのではないだろうか。演奏している時に合奏の後ろの方から聞こえてくるオーボエの音が高い天井にこだましてきれいだった。(写真は本番当日のリハーサル)



 2007年5月24日(木) 第11回 龍角散ビルコンサートの練習
 来る26日龍角散ビルで行われる第11回 龍角散ビルコンサートの練習に出かけた。初めての龍角散・ヤトロン室内管弦楽団との合わせである。私が先代社長の藤井康男氏の頃から興味をもっていたオケだ。なにしろ藤井康男氏はオケをバックにフルートコンチェルト、更にはピアノコンチェルトも演奏したという猛者?だったのだから。代を継ぐ現社長藤井隆太氏(康男氏長男)は桐朋音大でフルートを専攻し、音楽家としての教育を受けた経歴をもつ人だから腕前も本物である。考えてみればこのような会社は本当に珍しいと思う。芸術に理解がある社長の下で働く社員は恵まれているのではないだろうか。龍角散ビルコンサートは11回目だそうだけれど、先代から数えたら相当な数になるだろう。採算を全く度外視した龍角散ビルコンサートを支持するファンも多いらしい。会社の経営も順調と聞く。今や自信に満ちた働き盛りの隆太社長のもう一つの生き様に拍手を送りたい。このような弟子を持って私は満足している。ともあれ本番は26日だ。師弟デュオを成功させなくちゃ。



 2007年5月22日(火) したやウィンドアンサンブル定期公演が終わった。
 今年の1月24日の初練習の時から始まったしたやウィンドアンサンブルとのお付き合いは、数々の想い出を残して20日にかつしかシンフォニーヒルズで行われた第31回定期公演をもって終わった。かねてから指揮をしたいという願望が強かった私であるが、したやウィンドアンサンブルの音楽監督家田厚志氏の計らいで実現できることとなった今回のコンサートでは新鮮で貴重な体験を山ほど得ることが出来た。吹奏楽の経験は全くない私であるがコンクールの審査は何回も経験している。だからこうしたらもっと良くなるのではないか、という自分なりの考えはかなりはっきりと持っていた。それらの細かい内容については触れないが、したやのメンバー達は私の要求に答えてくれ、良い結果がでて非常に嬉しく思っている。全くあがることもなく落ち着いて振ることができたのが自分でも不思議であった。
昨日、自分も吹奏楽をやっているという人からコンサートを聴いたというメールが届いた。「初めての指揮とは思えない素敵な演奏会でした!吹奏楽のイメージは、金管楽器がバーンと鳴ってパーカッションがドカン!みたいなイメージを勝手に持っていますが、昨日の演奏会はまるでオーケストラのように繊細な感じでした。」
 この言葉は褒めすぎだが、私にとってどれだけ嬉しかったことだろう。至らぬ指揮に答えてくれたしたやウィンドアンサンブルの皆さんに対して声を大にしてブラボー!!!と叫びたい。私は今後も真面目に指揮の勉強を続けていきたいと思っている。



 2007年5月19日(土) ドメニコ・チマローザ
 深遠な美しさでひときわ高いところにあるチマローザのオーボエ協奏曲は知られているようだが、今度演奏する二本のフルートのための協奏曲も素晴らしい曲である。フルート奏者以外にはあまり知られていないかもしれないが、明るく軽快な楽しい曲である。私がプロとして世に出た十八才のころ、オーレル・ニコレとフリッツ・デムラーがイーゴリ・マルケビッチが指揮するベルリンフィルで演奏したLPを聴いたのがこの曲を知ることとなった想い出の曲である。本番を26日に控えて隆太と、おっと失礼! (桐朋で教えてい頃の呼び名)龍角散代表取締役社長の藤井隆太氏との練習にも熱が入ってきた。オケ合わせの前に一度ピアノでやっておこう、ということになり昨日藤井さんが桐朋時代の友達を連れてきて家で練習したわけである。我々は二人ともパウエルの木管を使っており音が溶け合うので非常に気持がよい。エネルギーをもてあまし気味の社長は、ともするとまだ完全には慣れきっていない木管を吹きすぎるきらいがあるが、それも回を重ねるごとに慣れてきているようなので心配はなさそうだ。 さて、それはそうとして明日はしたやウィンドアンサンブルの本番である!こちらはフルートではなく生まれて初めての指揮である。緊張がたかまってきた。



 2007年5月15日(火) ケヤキの新緑
 ベランダから眺めるケヤキの新緑である。芽を吹いたと思ったら、あっという間に分厚い布団をかぶったように繁ってしまう生命力を呆れて眺めている私である。どんな植物でも新緑はきれいだが、とりわけ私はケヤキの新緑が好きだ。ここへ越してきた頃には幼木であったがみるみる間に成長し、現在は10メートルを超えているだろう。私は毎年このケヤキの新緑の美しさに惹かれて写真を撮っている。私がケヤキを好きなのは葉だけではない。杢にも惹かれる。杢には玉杢 (たまもく)、如鱗杢 (じょりんもく)、筍杢 (たけのこもく)、鶉杢 (うずらもく)などと色々あるが、我が家では食卓、座卓、椀、茶托、額縁、などでこれらの杢を楽しんでいる。もちろん材は無垢に限る。贅沢なことであるが白太(しらた)と呼ばれる樹皮に近い分部を落とした赤太(あかた)と呼ばれる樹の中心に近い部分だけで作られたものを愛用している。香りも素晴らしい。お茶を飲んだ後などは茶托を鼻先に持ってきて香りを楽しんでいる。手入れも怠らない。愛情を込めて拭き込んでやると素晴らしい艶がでてくる。良い道具は育つのである。私に銘木の知識を与えてくれたのは今は亡き井波の野原寅蔵氏であった。木工の人間国宝故黒田辰秋は野原氏無くしては仕事が出来なかったのではないかと云われている程の人である。野原氏の優しい人柄と笑顔を忘れることはできない。今も井波に野原銘木店は健在である。ケヤキは生長すると30メートルにもなるというから、やがて我が家のベランダもケヤキの葉に被われてしまう日が来るのかもしれない。1567年の今日、オペラ「オルフェオ」や宗教曲「聖母のための夕べの祈り」「倫理的・宗教的な森」などを作曲したクラウディオ・モンテヴェルディが生まれた。



 2007年5月12日(土) 横浜栄共済病院
 イギリスの看護婦で近代看護学確立の功労者と云われているナイチンゲール(Florence Nightingale・1820-1910)が生まれた5月12日を記念して横浜栄共済病院の看護師会では毎年記念行事を行っているが、今年もその中の行事のひとつとしてのコンサートで演奏させていただいた(今年は病院の都合で一日早く行われた)。横浜栄共済病院は私の主治医が居られる病院でもある。今年は看護婦ナイチンゲールが夜泣きウグイスと同じ名であるのにちなんでプログラムは全て鳥に関係した曲を選んだ。ベートーベンも交響曲第六番田園の第二楽章でフルートに「鳴かせた」ナイチンゲールであるが、この鳥の声を私はまだ聴いたことがない。ドイツの友人が言うには5月になると街中の公園などでも綺麗な鳴き声を聴くことができるそうであるが(ドイツ語ではNachtigall)、残念ながら日本に居ない鳥である。中山真理さんのピアノと一時間ほどトークを交えてのコンサートは会場に来てくださった沢山の患者さんに喜んでもらえたようであった。今日も中山さんと「ロングライフ梶が谷」で同じプログラムを演奏することになっている。



 2007年5月6日(日) したやウィンドアンサンブル強化練習
 したやウィンドアンサンブル 第31回定期演奏会の期日が近くなって緊張感が昂まっている。自分の指揮で音楽を作ることができたらどんなに素晴らしいだろう、と若い頃から憧れてきた指揮は初めてのチャレンジである。回を重ねるごとに少しずつ慣れてきたように思っている。1月から始まった練習も回を重ねて十数回を数えた。この連休中の3、4日の二日間に行われた強化練習は熱が入り、成果もあがってきている。あと残された日々で精一杯の仕事をやり遂げなければならない。さて今回は二日間とも毎回練習の後に行われていると聞く「飲み会」に初めて参加した。面白いのはジェネレーションで二班に分かれていることだっだ。初日と二日目の二晩では親しみも更に増してとても楽しかった。
 翌日、帰る途中に銀座のカメラ店へ寄ってみた。かねてから気にしている狙いのNikonD80を見たかったからだ。行ってみると普段からネットなどで見ているよりもずっと格安な値段がついているではないか。即迷わずに買った。思わず良い買い物ができたのでハンドルを握る手も軽くルンルン気分で帰ってきた。当ホームページKOIDESSIMOへアップする写真は間もなくD80によるものになるわけであるが、画素数が一千万を超えるカメラにかける期待は大きい。早く使いこなせるようにならなくちゃ。



 2007年4月30日(月) 新しい包丁の使い初め
 いやぁ良く切れる包丁だ。怖いくらいである。刃物の町岐阜県の関市で買って「蒐集癖」で紹介したペーパーナイフと同じ日に買った包丁である。鋼(はがね)に安来綱青紙という硬さと粘りを持ち合わせた素材を使ったこの包丁の切れ味たるや、力を入れなくとも軽く引くだけで無抵抗にスパッと切断してしまう程である(カミソリで有名なアメリカのジレットやシック、イギリスのウイルキンソンなどの刃材はいずれも安来鋼を使っているのをご存じだろうか)。菜切り包丁でもない、出刃包丁でもない、その中間のような形の包丁をずっと探していた私は、この包丁を見つけて嬉しくなってしまった。研ぎも年季が入っているからこのままの切れ味を維持できそうである。今日はこの包丁を使って蕗の佃煮を作ってみたが、素晴らしい切れ味に満足であった。私はフキにしろタケノコにしろウドにしろタラの芽にしろアクが好きなのである。だからアク抜きはしない。私にとってアク抜きをすれば本来の風味は無くなってしまうからである(肉料理は別)。アクが強い人間だからだろう、と云われそうだ。蕗は葉も一緒に煮る。この葉が実に美味しい。近年スーパーなどで山ウドを多く見かけるようになったけれど、山から採ってくる本物の山ウドとは見かけも味もほど遠いものである。栽培ものは上品すぎてアクが少ないので物足りない。山菜採りに行きたいと思うが時間があるかな。



 2007年4月29日(日) 東京ガス吹奏楽団との練習二回目
 来る五月三十日に東京オペラシティで行われる東京ガス吹奏楽団の定期公演の練習が、こんどは横浜市金沢区の幸浦にある東京ガスの施設で行われた。しかも今回は合宿である。家からは近かったけれど合宿と言うからには私も泊まりがけで二日間の練習に参加することにした。好き者の集まりであるからうち解け合うのに時間はかからない。前回の練習に比べるとぐっと距離感が近くなったのが合宿の大きな成果であったと思う。フルートソロと吹奏楽の組み合わせで一番の問題は音量のことである。とくに今回はグルックのオペラ「オルフェオとエウリディーチェ」の中から「精霊の踊り」という静かな音楽を演奏するので一層の注意が要るのである。しかし、二十一、二十に日の二日間たっぷりと神足勝英さんの下で練習を重ねることによって成果が上がってきている。二十一日の夕食後には「飲み会」があり、和気藹々とした雰囲気のなかで話が弾んですごく楽しかった。私は十一時をまわったころに席を辞したが、数人はその後四時過ぎまで盛り上がっていたらしい。普段から早寝の習慣の私は睡魔に勝てなかったが、若かったらきっと付き合っていに違いない。五月三十日まであと一ヶ月少々になった。(写真:メンバーの美女たちに囲まれてごきげんのワタクシ)



 2007年4月21日(土) 都立石神井高校卒業 五十周年のクラス会
 フルートを初めて間もない高校進学の頃に私は練馬区の石神井に住んでいたので石神井中学から石神井高校へと進学した。当時は今とは違って私立よりも公立の方が難しかったのであるがどういう訳か合格して通うことになった。と言っても私は音楽の勉強に専念するために桐朋学園に転校することになったから僅か一学期だけなのであるが。しかし2、3ヶ月通っただけなのに石神井高校の仲間達とは非常に親しいのである。昨日はその仲間達が卒業五十周年のクラス会と銘打って新宿に集まった。特筆すべきは当時担任だった福田先生(81才)と英語を教えてくださった寺島先生(91才)のお二人が参加してくださったことである。両先生ともとてもお元気そうであった。仲間たちの中には共同通信社勤務時代に1968年に東京の府中で発生した三億円現金強奪事件報道に関わった人や、原信夫とシャープス&フラッツのメンバーとして活躍した人も居て思い出話が弾んだ。和やかな雰囲気の中で音楽が飯よりも好きそうなK君の電子オルガンとシャープス&フラッツのメンバーだったS君のクラリネットの二重奏が雰囲気を盛り上げてくれた。しかし我々の年代になると楽しいことばかりではない。悲しむべきは前回の時よりも四人の仲間が逝ってしまったことである。皆で黙祷をささげた。今後は今までよりも頻繁にクラス会を行っていくべきであろうと思った。(新宿のレストランで・赤いヴェストが私)



 2007年4月12日(木) したやウィンドアンサンブルの練習
 本番を来月に控えて練習も次第にのってきた、という感じである。練習をする台東区の下谷までいつもクルマで行っている。私の家からだと横浜と東京を横切るので距離はあるけれど、首都高速が順調であれば1時間少々で行くことが出来るから電車よりもずっと速いのである。どこへ行く場合も可成り早めに出るように心がけているが、先週は東京地方が雷雨や季節外れの雪に見舞われて大渋滞になり、始まるぎりぎりの時間になってしまった。それで昨日は更に三十分早く家を出た。しかし首都高速は外国からの要人が通るために交通規制が敷かれてまたまた大渋滞、おまけに事故が重なって大変だった。でも早めに出たおかげで遅刻はしなかった。メンバーの皆さんとは回を重ねるごとに親しみも増してきた。お互いに緊張も解けて笑顔も見られるようになってきて嬉しく思っている。皆それぞれ仕事をもっているので毎回全員が集まることはむずかしいけれど、練習の成果はあがってきている。今回は練習が始まる前に一人一人の顔写真を撮らせてもらった。近づいてカメラを向けると離れた位置からは分からなかった表情や人柄もみえた。この表情がそのまま演奏に出るようにしなければならない。大なる責任を感じる。(画像をクリックすると595X595ピクセルの画像が現れます)



 2007年4月9日(月) ランパルのジャズ
 ou Tube で見つけた
ランパルとクロード=ボラン(ピアノ)が奏でるジャズ二曲!
思わず身体でリズムをとってしまう。
しばしの息抜きに!

  ♪ [Javanaise] ♪ [Véloce]



 2007年4月8日(日) Free Hugs campaign
 地球上から戦争が絶えず、連日の凶悪犯罪のニュースに嫌気がさして人間の愚かさに暗い気分の日々である。そんな時にYou TubeでFree Hugs campaign(自由に抱き合いましょうキャンペーン)を見た。非常に感動した。胸が熱くなった。誰しも抱きしめたい、抱きしめられたいと思う時があるだろう。日本にもあちこちに「ふれあい○○」などを見かけるが、これら全ては名ばかりである。今オーストラリアから始まったFree Hugs campaignが世界中に広がっている。a true story(真実の物語)の字幕が目を惹く画面を一人の男性が「Free Hugs」と書いた看板を掲げて繁華街を歩いていく。周りの人たちはまったく無関心で中には嘲笑する人もいる。しかしやがて小柄な老婆が看板に目をとめて抱きついてきた。この瞬間から画面は一転してカラーになる。抱擁のあと老婆は男性の顔を優しく撫でるではないか。なんとも美しいシーンである。これをきっかけにして次々に抱擁する人がふえていく。一時は警察にとがめられるが一万人の署名を集めて(カウントされる)復活し、ますます賛同者が増えていく。ばかりか警察官も加わる。このFree Hugs campaign、照れ屋で恥ずかしがり屋の日本人にとってはどうだろうか。できる、できないは別として誰しもFree Hugs campaignの趣旨には賛同するのではないだろうか。この際日本人も遠慮しないで喜怒哀楽を自然に表現できるようにならいないかと思う。そうなればきっと心に染み入る温かい演奏も多くなるだろう。我慢は健康にも良くないのである。 You Tubeから → [Free Hugs campaign]



 2007年4月4日(水) Robert-Schumann-Quartet Leipzig
 昨日、各務原と可児市でのコンサートを終えて帰ってきた。今回の演奏は1970年にゲヴァントハウス管弦楽団のメンバーで結成されたロベルトシューマンカルテットとの共演だった。メンバーは第一ヴァイオリンがヒルトルート・イルク Hiltrud Ilg 、第二ヴァイオリンがモニカ・ノイマン Monika Neumann、ヴィオラがディトマル・ハルマン Dietmar Hallmannでチェロがギュンター・シュテファンGünther Stephanである。彼らの演奏は非常に人間味に溢れていてあたたかく、音楽する幸せを心から堪能した旅行だった。みな素晴らしい演奏家だが、今回特に感激したのはディトマル・ハルマンの人間性と音楽に接することができたことであった。38年間ライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席ヴィオラ奏者を務め、同カルテットで活躍してきたことは知られているが、彼の音は驚異的であった。1998年にもゲヴァントハウスカルテットとモーツァルトを演奏したことがあるけれど、その時に感じたよりも今回の音の方が凄いと感じた。彼のヴィオラはドイツで作られた楽器で珍しいことにヴィオラ・ダモーレのようになで肩である。板の厚みは薄いそうである。あまりによく鳴るのでこの楽器のコピーをとらせて欲しいとよく云われるが、まだ同じような音が出る楽器は作られたことが無いとのことであった。彼の時代のゲヴァントハウス管弦楽団には首席ソロヴィオラ奏者が三人いたそうであるが、現在はまだ空席とのことである。奇しくも今日4月4日はディトマル・ハルマン72才の誕生日である。これからも益々素晴らしい音楽を聴かせていただきたいと思う!我がパウエルも益々響くようになってきていて私の生涯の願望であるErstrebe noch schöneren Klang(より美しい音を求めて)を叶えてくれる素晴らしいフルートであることを確信した旅行だった。(今回の旅行の記録は「写真館」に出す準備中です)




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