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 FULL GOSPEL JESUS CHRIST CHURGH                                            JR別府駅から徒歩7分

  このページでは、あなたとともに神様の恵みや祝福を分かち合いましょう

                       聖書のみことば  祝福体験(証し)  メッセージ
聖書のみことば                     神様のみことばを知ろう!
 

マタイによる福音書

4:16  暗やみの中にすわっていた民は偉大な光を見、死の地と死の陰に

 すわっていた人々に、光が上った。」

     4:17  この時から、イエスは宣教を開始して、言われた。「悔い改めなさい。

      天の御国が近づいたから。」

 

聖書は天地の創造主から人類にあてて書かれた長い手紙です。
その中に、万物創造の経緯や人類の始まり、何のために人は作られたのか、その目的や使命は何かが書きつづられています。

ユダヤ人の記録によると、西暦2012年はユダヤ暦(人類の始祖アダムから数えて)5972年だそうです。人類の期間は6000年と聖書解釈する学者もいますので、そうなると残された期間は28年となります。近年、世界中で発生している諸災害は人類が安全に住み続けるには環境破壊が限界に達している兆候なのかもしれません。

同時に、聖書は私たちにとっての希望も示しています。上記の言葉です。
どんなに絶望的な環境の中にいても、神は希望の光をともすことが出来る。
神様は全能です。死をも打ち破られた方です。この神に、私たちに残された唯一の希望の光があるというのです。

2012年は日本にとって希望の年になるでしょう。世界中はますます混迷を深めるでしょうが、まことの神への不信仰を悔い改め、神を見上げ始めた人には天の神の国からの希望の光が照らすのです。
世の中はますます暗くなり、不安と心配事が増えていきますが、神に希望を置く人には安心があり、全てを神の手に委ねるようになるのです。

あなたに全能の愛の神様から、心の平安と健康がのぞみますように祝福をお祈りします。

 
祝福体験(証し)                   神様のすばらしさを知ろう
 

● 私がどうやって救われたか 
(20代 マレーシア女性)

  私の家族は道教です。今でも家族の中でクリスチャンは私しかいません。
  3歳の時、保育園の友達に誘われて教会に行きました。教会で礼拝や聖書の話を聞いたけど、イエス様が私たちを救ってくださることは理解できませんでした。
  7歳の時、ある人が妖術を使って私を呪いました。その後、私は病気がちになり何度も入院を繰り返しました。その他、真夜中に寝ながら歩いたり、突然ものすごい恐怖を感じたりと私の生活におかしなことが起こり始めました。何に恐怖を感じるかもわからないまま、状況は悪化していきました。毎晩、寝るとき幽霊が見えるようになり、その時、仏教・道教の祈りをしますが幽霊は消えません。教会で聞いていた「ハレルヤ」と3回言うと、幽霊はすぐに消えました。このことは、18歳まで続きました。
  12歳の時、父から教会に行くことを止められました。教会を離れた生活が長くなり、教会を懐かしく思っていましたが、行く勇気がありませんでした。しかし、神様は私の心を知っていたのです。クリスチャンの友人を与えてくださり、友人は神の愛を教えてくれました。
  2006年6月に私はイエス様を信じました。クリスチャンになった後は、幽霊も見ませんし、以前のおかしい生活は正常に戻りました。

 だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。
 古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。 (聖書)

  クリスチャンになって5年ぐらい経ちますが、私は毎日すばらしい生活をしています。理由は、たくさんの興味深いものに囲まれているということではありません。イエス様が私の心にいてくださるからです。




● 神は信仰による祈りを聞いてくださり、すべてを益とする
(20代 男性)

  私の結婚式でのすばらしい体験です。
  私は当教会の女性と結婚しました。お互いクリスチャンなので「結婚式が神様に祝福されたものとなるように」、「順調に準備ができるように」と、2人で祈ってきました。
  式当日のことです。冬だったことと、山の上にある式場だったため、朝起きると式場の周りは雪化粧です。このままだとみんなが式場まで来ることができないかもしれません。すぐに2人で祈りました。すると雪がやみ太陽の光りが差してきました。このまま晴れたら雪も解けると安心してテレビで天気予報を見ました。予報は1日中、雪です。また不安になり、式場の係員に交通状況を問い合わせてもらったところ、式場までの道はチェーン規制だと言うのです。外を見るとまた雪が降りだしています。 絶望にも似た思いが押し寄せました。天気はどうすることもできません。できることといえば祈ることぐらいです。2人で必死に祈り、この問題と状況を神様に委ねました。
  式が始まる前に全員無事に来ていると教えられました。結婚式は無事に終わりました。
  後から聞いたところ、車で来た人の家から式場に続く道のみ雪がなく、他の道は雪が積もっていたということです。また、いろんな人の話を聞いたところ、式場周辺のみほとんど雪が降ってなかったとのことです。他の場所は式場より低地なところでも1日中雪が降っていたようです。
  不安により不信仰になると雪が降り、神様に信仰・希望を持って頼り、祈ると状況を良くしてくださいました。このような不思議な出来事を通して、奇蹟を体験させてくださいました。
  絶望的な状況が美しい雪景色の中のホワイトウエディングとなりました。また、この結婚式が、距離をおいていた一部の親族同士の和解の場にもなったようです。
  祈りを聞いてくださっただけでなく、すべてを益とかえてくださった神様に感謝します。

 神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて
 益としてくださる  (聖書)


 苦難の日にはわたしを呼び求めよ。わたしはあなたを助け出そう。  (聖書)
 
メッセージ                     長文ですが読んでくださいね!
 
 

FGJCC開拓ストーリー  永野牧師

1984年、私は亜細亜教会成長神学院に入学しました。「私は神様に献身したいです。神様どこに行けば良いのですか、どうすれば良いのでしょうか?」と祈りました。すると神様から「一年待ちなさい。」と示されたのです。一年間待たされたのですね。待たされた年の5月に純福音東京教会で神学校が始まったと新聞に出ました。「あっ、ここだ」と思って、すぐに申し込みしました。私は二期生でした。職安通りにあったときですね。ずいぶん昔ですけど。そこに年半通いました。年生の後半は韓国に行きまして、ヶ月間の研修を受けました。韓国でいろいろ体験しました。あの6ヶ月間は財産ですね。あの期間に訓練されました。韓国の熱い信仰を間近に見まして、「私達もできる、やろう」という気になったのですね。でも京都の純福音教会を開拓した女性の方が、お名前を思い出せないのですけど。その方は通信生で私と同期だったのですが、その方が来て言うのですよ、「先生。私は先生のために一生懸命お祈りしたのです。そうしたら幻が見えました。先生すばらしい教会を作りますよ。」そこまでは良かったのです。「でも不思議なことにはるか遠くにあるのです。教会の手前には山あり谷ありで。どうしてあんなに遠くにあるのかな?」と、私はですね、「頑張ればすぐに成長できる」と信じていました。「そんなに長い時間かかるの」とちょっとがっかりしまして。「いや、そんなことはない、趙先生の教えを受けた私達は同じ信仰を持ったのだから、頑張れば、信仰にしっかり立てば教会が建つ」と受け入れられませんでした。実際はなかなそうはうまくいきませんでした。結局、始まりから去年の年末でちょうど20年たちました。でも今思えば、それは神様の私への訓練の期間だったと思います。なぜか?それは受け売りの信仰では教会は建たないのですね。本当の教会は建たない。まず私が成長する必要がありました。確かに御言葉は知っていましたけれど、御言葉はまだ私の血肉になってはいないのです。やはり本当の信仰が働かないといけないということがよく解りました。でも本当に神様の働きは完璧ですから、完全ですから、私はむしろ良かったなと思います。いろんな苦しいところを夫婦で通らされましたけれど、それがあるからこそ今現在があるのです。私の財産ですね、信仰の財産です。「主よ。感謝します。すべてのことに感謝します。」と告白できる者にされました。」
私はですね、亜細亜教会成長神学校に行くことを決めてから、よく祈りました。その当時、通っていた某教会は宣教師先生により牧会されていました。この神学校に行きたいので推薦状を書いてくださいと申し出ると、その先生がですね、カリスマ的な働きはあまり好きじゃないのでしょうか、「いや、私は認めません。」と言うのです。私は推薦状は必ずいると当時思い込んでいましたので、「すいません先生、お願いします。推薦状を書いてください。」と無理に頼み込みました。「じゃ、書きましょう」と言って下さいましたが、「私個人は認めません。この兄弟がこの神学校に行くことを推薦しません。」と言う推薦状を書いてくれたのです。私はそれでいいのかなと思いましたけど、持って行こうと思いまして、面接を受けたのです。面接官は一人が韓国人の牧師先生でした。そしてもう一人が日本人の牧師先生で、二人で面接することになっていたのです。そうしたら、日本人の牧師先生が、遅刻しまして、私の面接が一番目だったのですけど、韓国人の牧師先生はまだ日本語が片言しかできないんです。ですから「これが推薦状です。」と渡しても読むことができなかったのです。それですぐにパスしました。「神様あなたの導きは本当にすばらしいですね。」ということで、私は入学できました。そこで約二年半、一生懸命皆さんと同じように学びまた礼拝しました。あの頃はですね、祈りと言ったら、競争ですね。横の人に負けたら自分の祈ってる声が聞こえないわけです。自分が何を言っているのかわからない、だから隣の人に負けないように声を張り上げて祈ってですね、「あー勝った」っていう感じですね。金曜徹夜祈祷会は特に祈っていました。そのおかげで大声で長く祈れることができるようになりました。その時、本当に不思議でしたね。異言の祈りがその期間に成長したのです。そしてオサンリ断食祈祷院に行ってから、もっと霊的に強められ、そして更に神様の働きを待ち臨みました。オサンリ断食祈祷院の穴の中で一時間ほど祈っていると、もう体が動き出すんですね、自然に。私の意志とは関係なく手が勝手に上がり、神様を賛美しだしますし、本当にそこで聖霊様の生き生きとした恵みを実体験できて帰ることができました。
九州別府に母が一人でいました。私の実家は農家です。そして温泉を使って、温室熱を利用して花を育てて出荷する仕事をしています。今もしているのです。私は20年間を決めて無給で牧会をしました。今年の1月から、神様から少しだけ給料を戴けるようになりました。それも私の訓練でした。本当に感謝します。私と家内はですね、昼間は園芸の仕事をしながら、そして日曜日と夜は神様に捧げて、早天したり徹夜したり、20年間頑張りました。多くの名のある先生方を通して、神様は私達にすばらしい預言の言葉を下さるのですけれども、でもそれが実現しないんですよ。20年間は本当に神様の言葉を信じて待つだけの時間でした。でもね、その中で、神様は本当に真実ですね。私たちがオサンリ断食祈祷院で訓練を受けている間、家内のお母さんが、よその近くの教会に行ってですね、救われたのですね。ぜんぜん伝道していないですよ。お母さんが違う教会に行ってそこで勝手に救われた。勝手って言葉悪いですけど、神様が救ってくださったのです。そして私達が別府に帰ってきたら、お母さんが、「私の家を使ってください。教会として使ってくれ」って言われました。そこで私達は家内の実家で開拓伝道を始めたのです。
当時は家内のお父さんはもう亡くなっていましたから、お母さん一人で住んでいました。その実家の隣りにぼろぼろの廃屋があったんですね。私達が一生懸命礼拝をし、そして神様にお祈りをしていましたら、不思議なことがおきました。その当時の私には悟れなかった事ですが、その廃屋がきれいに解体されて、駐車場になったのです。さらに、一年礼拝すると、通りの向かい側にお坊さんの家がありました。その方はある団体職員でしたけれども、その職を辞めてか月ぐらい訓練してお坊さんになったという、そういうお坊さんが住んでいる家があったのです。それが壊されて駐車場になったのです。その時もまだ私は悟れませんでした。そしてさらに一年礼拝しているとですね、今度は廃屋とは反対側の隣家にですね、天地正教という宗教があるのですけど、これは統一教会を日本版に変えたような新興宗教です。そこの家がちょっとおかしくなりまして、自宅を売却して移転したのです。そして駐車場になりました。もう環境がですね、どんどん明るくきれいになってきたわけです。家内の実家で礼拝した3年間に起こった事です。
2年目から、実家も狭く使いにくくなりましたので一生懸命、「神様。新しい会堂を与えてください。」と少ない人数で祈っていました。そうしたら日曜の午後に、ある信徒のおばあちゃんが昼の交わりのあとに、一人で散歩に行きまして、帰ってくるなり「先生、先生。見つけた」と言うのですね。私達は幾つかの条件を上げて祈っていたのですが、条件に合う新しい会堂を見つけたと言うのです。私達が祈っていた期間に、JR高架下に20坪ぐらいの部屋が作られていたのです。「先生あそこですよ。」とお婆ちゃん。その当時から夢や幻や神様の声とかを聞く、またよく祈るおばあちゃんでしたから、私もそこに行ってみました。「あ、やっぱり。ちょうど条件にあっているな。」と判りましたので、翌日管理会社に相談に行きました。すると私が期待したより少し高かったのですね。そんな高いと言っても14万円ぐらいなものですが、「帰って考えてみます。皆と相談しなければならないので」と一応伝えて帰りました。そうしたら翌日電話がかかってきました。「是非、借りてください」と。相手の方が積極的になっていました。「あ、やはり神様が用意して下さったのだ。」と確信して借りたのです。
その後の事ですが、その当時、新会堂の前に廃車した車が台ほど放置してあって、時々浮浪者が来て泊まっていました。そしてその角はゴミ捨て場のようになっていました。そのような環境の場所になっていました。しかしそこで礼拝し続けていると、ある日別府市衛生課の方々が来まして、その廃車全部をかたづけてくれた上に、これから車を置かないようにポールを立ててくれて、きれいなスペースにしてくれました。
その時、私はこれは私達の礼拝と何か関係があるのではないかと思い始めたのです。私たちはそういう祈りは一度もしていないのですよ。ただ皆で神様を礼拝して、「主よ、どうぞ訪れてください。リバイバルがこの町に起こりますように。」という祈りをしていました。しかし、聖書のマタイの福音書18章18節〜20節に、「まことに、あなたがたに告げます。何でもあなたがたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたがたが地上で解くなら、天においても解かれているのです。まことに、あなたがたにもう一度、告げます。もし、あなたがたうち二人が、どんな事でも、地上で心を一つにして祈るなら、天におられるわたしの父は、それをかなえてくださいます。二人でも三人でも、わたしの名において集る所には、わたしもその中にいるからです。」二人でも三人でもわたしの名において集まる所、イエス様を心から本当に信じている者が、二人三人集まって神様を礼拝する所には、主がそこにいてくださる。私たちクリスチャンはイエス様を信じたときから内側に主が内住してくださいますけれども、この個所ではわざわざわたしの名によって二人でも三人でも集まるところには、わたしもその中にいると神様は約束して下さっています。皆さん礼拝には力があります。私はその時「これは礼拝の力だ」と思いました。礼拝は私たち自身をきよめるだけでなく、教会の周囲もきよめていきます。私たちの環境をきよめる力が礼拝にあるというのを本当に私は体験しました。

それで終わりではないのです。数年後、今度はその手狭になった新会堂で「100(330平方メートル)の会堂を与えて下さい。」と祈り始めました。その会堂の裏道の向かい側にスーパーマーケットがあり営業していました。見るからに余り流行っていませんでした。そのスーパーマーケットがちょうど坪ぐらいありました。例の信徒のおばあちゃんがそのスーパーに行って、顔見知りですから気軽に「いつまでやるの?」って聞いたらしいのです。後日その事を聞いて私は「駄目ですよ。そんな事を聞いたら。早くお店をやめなさいって言っているようなものだから。」と注意したほどです。見るからに確かにそこは私たちの条件に合っていたのです。まさか廃業することはないと思っていました。でも礼拝し続けていたら、祈り続けていたら店じまいしました。聞くと建物は100坪、敷地は130坪でした。広い一部屋なんですよ。内部を見たら、スーパーと言うのはけっこう汚いのです。奥のほうには調理場がありまして、リフォームするにはかなりの費用がかかる事は明らかでした。教会には準備金などないので、「無理だな。」とあきらめました。私達の教会の財政はいつもぎりぎりでしたから、いつも会堂を求める時は、「神様、金はありませんからよろしくお願いします。」といつも付け加えて祈っていました。神様は不思議なことをされますね。そのスーパーが廃業しまして、次に他県の食品加工している方が借りました。その方が1500万円程かけて内装工事をしまして、キッチン、応接室、更衣室、トイレ、別室などを造り、そして倒産したのです。1年で倒産したのです。私たちはその倒産後借りました。例のおばあちゃんが、あきらめきれなかったのでしょうか、またまた礼拝の食事後散歩がてらに見に行ったそうです。今度は丁寧にこっそり中まで入って見たそうです。そして帰って来ると私に「先生、あそこはいいですよ。理想的ですよ。全部そろっていますよ。」と告げるのです。「黙って入ったの?」と聞くと、「裏口が開いてたから、ちょっとだけ見た。」との返事。室内がその後どうなったか私は知りませんので、私も直ぐに見に行きました。確かに理想的でした。教会に使って下さいと用意されたようでした。そして幸いにもその物件の大家さんは家内の実家と近所付き合いのある方でしたので、借りたいと申し出たところ、信用して下さり月18万円の格安の家賃で契約出来ました。それも、今後10年間は家賃を値上げしませんと一筆書き入れて下さいました。現在10年を既に過ぎていますけど、今まで通りで良いと言って下さっています。全てを御存じの神様は、小さな群れのためにリフォーム費用の1500万円を出さずに済むようにして下さいました。ただ一年待てばよかったのです。一年礼拝をすれば、特に費用がかかりそうな部分がきれいにリフォームされて私達が使えるようになったのです。結局、私たちがリフォームした部分の費用は350万円で収まりました。それだけではありません。大家さんが「外の塗装をうちがやりましょう。」と言って下さり、外部を塗装してくれました。私たちにはお金がなくても、坪の会堂を持てたと皆で主に感謝しました。その新会堂で礼拝を始めていきますと、会堂の斜め前に、家の外壁がツタで覆われた、しかも猫をたくさん飼っている陰気な家がありました。猫がたくさんいて、気味悪い家だなと思っていました。「神様、あの家を除いて下さい。」とは言わなかったですよ。ただ神様を礼拝して、「この地に神様の臨在が現れますように。御国がきますように、み心がなされますように。」と礼拝していましたら、案の定、その家が壊されて駐車場になりました。駐車場になって「やはり礼拝は地域をきよめる力がある。」と本当に喜んだのです。
それだけではありません。教会の前に、古い木造のアパートが三つあったんですね。古いと言っても、その奥の二つは特に酷かったのです。独居老人が別府も多くいます。そう方が住むには安くて、古い家じゃないと住めないですね。悲しい現実です。新会堂は家内の実家から100メートル程の近くでしたが、ある日家内の実家で家庭集会を開いていた時、サイレンが聞こえました。そして消防車が続々と集まってきたのです。私はその場にいなかったのですが、家内と姉妹達が驚いて飛び出して行くと、会堂の3つ前のアパートが火事でした。私は火事の事を聞いてちょっと複雑な気持ちになりました。なぜかと言うと、三ヶ月ぐらい深夜に一人で、「火を下してください、火を付けて下さい。」と大声で祈っていましたから。そしたら本当に火事になって、手前のアパートは残ったのですけど、一番古いのは燃えてしまいました。今その場所には新しいアパートが建っています。消防車が続々と来るでしょう。姉妹たちが素晴らしかったのです。「教会を開けて、被災者の人に中で休んでもらいましょう。」と、姉妹たちがすぐに行動しました。幸いにも昼間そのアパートにいたのはおばあちゃん一人だけでした。住人は多くは無く、他は外出していました。ですからそのおばあちゃんを迎えて、教会の中で休んでもらいました。そうしたら皆さん、普段はどうしても教会に入って来ないような、新聞社の人とか、消防署の人、警察官、更には市長さんまで教会の中にまで入って来て、そのおばあちゃんにインタビューしたり挨拶をしたというのです。これを聞いて私は、将来、警察官も消防署員も新聞社も市長さんも教会に来るようになるように思えて、主に「そのようにして下さい。」と感謝の祈りを捧げました。姉妹達はお茶を出しただけなんですけど、おばあちゃんは「教会はいいところだ、お茶まで出してくれた。」と色々なところで宣伝してくれるのです。「教会はいい。お茶まで出してくれる。」本当に教会の株は上がりましたね。古いアパートはなくなるし、環境は明るくなるし、私は本当に礼拝者が二人三人でも、どのような事でも地上で心を合わせて祈り、また神様を礼拝するならば、主はそこに臨んでくださるし、闇は消えていくと再確信しました。
その火事以前の事ですが、その古いアパートには、霊的に変な人が住んでいました。ある日曜日の朝、家内が教会に行ってみると、そこに住んでいる一人の女性が教会の前で叫んでいるのです。家内が近づきますと、女性の声だけではなくて、男性の声も聞こえるのです。一人しか見当たらないのに男性と言い争っているかのようだったと言っていました。当時そのような現象がありました。しかし私たちが心からイエス様を礼拝していくと、すべてが無くなり、そのような人達はどこかに引っ越して行きました。今は神様が、私たちの教会を喜んで下さっているのがわかります。教会の雰囲気が更に変わりました。一人一人が成長し、私にも喜びがあります。
昨晩、タンザニヤの留学生からですけど、メールがありました。祈っている時、聖霊様の声を聞いたそうです。「神様の祝福がこの教会の上にあります。これからこの教会を祝福し、神様に仕えたいと思っている人が、全力で働けるように用意をさせます。」と言う声だったそうです。「やっと何かが始まる。神様の20年間の訓練はもう終わりに近い。」と、励ましのメールを昨日いただいたので感謝で一杯です。私たちはどこでも礼拝しましょう。教会に来た時だけでなく、皆さんが家庭で3人集まって礼拝をするときに、神の国がそこに現れます。皆さん、神の国が現れたら、この世的な物は消えて行きます。
私は20年間、私の母の救いのために祈ってきました。母は少し頑固で、ちょっと意地が悪いなと思うぐらい、家内に小言を言っていました。奥さん達は大変ですね。同居したらこういうことがあるのですよ。家内は忍耐して辛抱して、何度も泣きました。2年ぐらい前に私はやっと気付いたのです。「これは霊的な戦いだ、これから霊的な戦いとして祈ろう。」と決心しました。ですから「私のためにも、家内のためにも、母の救いのためにも戦いの祈りをしました。「母を縛っている不信仰の霊、出て行け!」とか、一つ一つ名前を上げて毎日毎晩、家内もそのように祈るようになりました。二人で一年間そのような祈りを続けました。一昨年です。私がちょうど韓国に行っている時に、断食に行っていたのですが、その期間に母のほうからイエス様を信じたいと言ってきたそうです。事あるごとに注文をつけてきた母が、家内に反発してきた母がですね、突如イエス様を信じていいと言ってきたのです。家内は直ぐには信じることが出来なかったようです。「え〜?どういうこと?」。あれだけ二人して祈って来たのにもかかわらず、あまりの変わりように信じられなかったのです。多少気の強い母は、「信じたい。」とは言わないんですね。「信じてもいいよ。」って言ってくるのです。冗談かなって思ったそうですが、家内が聞き返してみると、本気みたいなんですね。それでちゃんと説明したら、「信じる。これからイエス様だけでいく。」って答えるのです。私が帰宅した時も、素直には信じ切れなかったです。あれだけ20年間も反対してきた者が、コロッと手の平を返したように信じれるかなって、正直信じられないのです。でもいろいろ話しているうちに、「これは本当のことだ。」と納得しました。もうそれからの変わり様は早かったですね。私達だけじゃなくて、信徒の皆もびっくりするほどでした。まず何をやったかと言うと、私の家は分家です。近くに本家があります。毎年父の命日になるとお参りに来るのです。私は何も教えていないのですが、母の方から「もう私はクリスチャンになったから、おまいりに来なくてもいい」と伝えに行きました。お寺にも「もう私はクリスチャンになったからうちに来ないで下さい。」と伝えに行くと言うし、仏壇を全部片付けてしまうし、全部焼いてしまうし、私たちが言わなくても本人から進んでしました。そして教会に行くと「教会に来て本当によかった、信じてよかった。もう心が本当に落ち着いた。」って本人が言うのです。私たちは、まさにこれは神様の恵みの業以外にあり得ないと思いました。月にそのようになり、以後私は母を注意深く見守りましたが、やはり本当だとやっと認めて12月に洗礼を授けました。その後、一昨年から一度も日曜日は休まないのです。多少体調不調で入院した時も、教会には行くと言いますので、私が送り迎えしたほどです。いま85歳です。私はこの出来事を通して悟りました。未信者は不信仰の霊や偶像礼拝の霊が縛っている。それらが離れて行くと本人はイエス様を信じる。私は18年間わかりませんでした。家内と私で母の解放のため祈ろうと決心して、毎日二人で祈り始めました。これが最善の方法とは思いませんが、私達は別々に祈りました。生活リズムの違いからです。毎日、私の家から出て行け、母を解放せよと祈りました。既成のリストを使いました。そして神様を歓迎する礼拝をしました。一つ一つ出て行くように、一年祈りましたら母がコロッと変わりました。他に何もしなくても変わったのです。
皆さん。神の国が訪れるときに、私たちが出来ないことが実現します。教会も同様だと信じます。私達にはどうすべきか正確には分からないのですが、ただ神様を礼拝して、「どうぞここにあなたが臨んで下さい。」と礼拝しているだけで、周りの地域がきよめられてきました。本当に不思議でした。初めの頃はせいぜい「良かったな。早く無くなり良かったな。」ぐらいなものでした。でも幾度も続くと、「何かおかしいな。何故だろう?」と思います。霊的に暗い所は徐々にきれいになって行きました。排除されました。兄弟姉妹、家族の救いを願っている人は、毎日祈って下さい。イエス様のお名前によって縛って追い出すのです。イエス様は十字架の上で「完了した。」と宣言されました。皆さん、すでに完了しているのです。私たちはもう「神様こうして下さい。ああして下さい。」と願い続ける必要はありません。もう完了しています。完了の信仰を持って、「それは私のものです。勝利はすでに私のものです。悪霊よ、イエスの御名によって縛る、出て行け!」と命じて下さい。もうこれは宣言です。命じて下さい。あなたに勝利があるのです。
あなたに力があるのです。イエス様の御名の権威はあなたのものですから、あなたのものとして宣言して下さい。完了の信仰を持ちましょう。本当に兄弟姉妹たちにチャレンジしたいです。以前の私達の教会の兄弟姉妹達は「神様、助けてください。」「神様あなたがしてください。」とか、願い求める祈りをしてきました。まるで「泣き落としのような祈り」をしていましたが、今は違います。勝利者のように悪に対しては命じる、そのような祈りをします。その中で神様は、「私はあなたと共にいる」という事実をたくさん体験します。ですから本当に自分が心から主を礼拝しているならば、何も恐れることはありません。何が起ころうとも、自ら何かを無理にしなくても、神様はすべてをご存知です。神様を礼拝し従う生活をしているならば、神様が責任を全てとって下さいます。いま子供を育てるのは簡単ではないでしょう。学校に行くと悪い影響を受けます。教会で良い影響を与えても、それ以上に学校で悪い影響を与えられるのです。ですから、チャーチスクールが必要とされるようになっている訳ですけれども、神様を礼拝している家庭には、神様のおおいがそこにあって、神様が責任を持って守って下さいます。
ある信徒の子供は、幼い時神様を賛美をしていると天国が見えるようになりました。中学、高校生になりまして、いろんな悪影響を受けますと、自我がかきたてられて反抗するようになりますね。社会人となり2年間程教会から離れていましたが、社会人になってよほど苦労したのでしょうか、本当に辛い社会経験をしたのでしょう再び教会に戻ってきまして、今はイエス様に忠実に奉仕をするようになりました。挫折を経験しましたが、そのおかげで今回ははっきりと自分の意思と信仰で主に従う決心をしています。成長した大人の信仰になったのです。現在は素晴らしい賛美リーダーです。お母さんの気苦労は大変ですね。でも祈りは報われます。子供だけではありません。シルバーの方々も私は主に頼ります。年長者を導くのは気を使うでしょう。牧会下手の私の最後の手段は、「主よ、私の手には負えません。あなたが解決して下さい。」と主に任せる事です。家内の母親は商売の手腕があり、なかなかのやり手でした。ですから世的には経験豊富なのです。そこで主に委ねました。家内の実家と教会は近くなので、数分で教会へ行けます。日曜日の朝、義母は礼拝開始時間が近づいてもテレビを見てゆっくりと構えていました。すると耳元ではっきりと「早く教会に行きなさい。」との声が聞こえたのだそうです。その時から義母は、ゆとりを持って礼拝に来るようになりました。その後も二・三度同じ声を聞いたそうです。またもう一人のおばちゃんは歌が好きで、賛美の時間は起きて共に歌うのですが、メッセージの時間になるとうたたねをし始めるのです。仕方ないかとは思ってましたが、主に委ねるとある時、メッセージ中に気持ち良く寝ていましたが、誰かに肩をたたかれて眼覚めました。すると両隣に白衣の男性が立っており、「目を覚まして、話を聞きなさい。」と言ったというのです。それも神様はユーモアがありますね。お婆ちゃんの生まれ育った地の方言で語ったそうです。その時からお婆ちゃんは礼拝中に寝る事は無くなりました。主に感謝!
私達には子供はいません。結婚後5年間に何度か機会はありましたが、与えられませんでした。でも今その事は、私達への神様の恵みと思っています。幾人かの預言者達が告げて下さいました。「あなたの子供達がたくさん世界に出て行きます。」子供がいないのに、霊的な子供を神様がたくさん与えて下さっています。世界に出て行くと約束を与えて下さっている。ある時は、教会に入ると同時に幻を見る人がいました。教会に入ると、若者でいっぱいになのが見えたそうです。実際は当時若者はほとんどいませんでした。そのような事が月に一度4ヶ月続いた事がありました。毎月違う訪問者でした。このようにして神様は20年間励ましてくれたのです。にも拘らず20年間は大変でした。本当に劣等感や自己嫌悪で落ち込むことも多かったのです。「自分は駄目だな。箸にも棒にもかからない者だ。どうして献身したのだろう?」と考えました。牧会も仕事も上手くいかず押しつぶされそうでした。他の能力のある先生方にどうしても目が向きます。
「すごいな。上手なメッセージだな。能力があるな。」実際素晴らしい先生が多くいます。私はそうは行きませんでした。毎週日曜日の午後はがっかりして帰っていました。
「今週のメッセージも上手くできなかったなあ。兄弟姉妹に申し訳ないな。」聖書の材料は素晴らしいのですが、それを食べやすく、おいしく料理する腕が無かったのです。特に最初の一年間は本当に大変でした。ですから兄弟姉妹が素晴らしかったのです。不平不満も言わずに教会に通い続けてくれましたので、教会を続けられました。「神様、今週のメッセージも上手くできませんでした。信徒を御言葉で養うことがうまくできません。主よ、助けて下さい。あなたが養って下さい。」そういう礼拝の一年間でした。本当にこれは神様の恵みに支えられた一年だと思います。私の力ではありません。メッセージをしている私自身が自分の言っていることがわからなくなるのですから。今考えると笑い話です。それでも真剣でした。講壇では時々頭の中が真っ白になって、何を語るのか忘れてしまうのです。皆さんはそうではないでしょうが、私はそうだったんです。でも神様の恵みです。召命があればこそ、今まで20年間牧会を続けられました。くすぶる燈心を消すことなく、傷める葦を折ることなく、神様が支えて下さいました。このような私が大丈夫でしたから、皆さんは絶対に大丈夫です。皆さんにも神様の恵み、あわれみ、祝福が注がれています。ですから兄弟姉妹を心の内で「もっとしっかりしてくれ。」と腹が立っても、自分もそうだったなと思い直すのです。昔の自分がそうだったから、これも神様のあわれみによって何とかなると思うわけです。皆さん、自分を見なくてもいいですよ。どんなにコンプレックスがあっても大丈夫です。神様の恵みはあなたのコンプレックスを覆って余りあるものです。ただ心から神様を礼拝しましょう。イエス様は言われました。「完了した!」あなたのための全ての救いは全て完了しているのです。ただ主に感謝します。心を注ぎ出して主を礼拝すれば、あなたの生活環境がきよめられていきます。あなたの家庭に神の国が現れます。神の国があなたの家庭、あなたの人生を満たしたら、全ての悪しき物は排除されます。全ての祝福があなたの人生にあらわれて、実りある人生となって行きます。
今私は58歳です。家内は53歳です。「私達の人生のもっとも良い時期はこれから。」と、いつも二人で語り合っています。「これからが私達の人生のクライマックス。」と。私の同級生達が老後の生活の話ばかりします。本当にがっかりします。「これから人生の見せ場が来るのに。」といつも私は思うのです。ですから神様に感謝します。子供が出来なかったのも感謝、20年間かかったのも感謝、私は神様の導きに従おう。
他者と競争する必要はありません。「神様に従い、神様に指示された働きをすれば良い。ただ神様を追い抜かないようにしよう。」、と言いながら追い抜く事もあるかもしれません。「主よ。私についてきてください。私はこうしたいのです。こうしてください。」このようになるのが怖いですね。未熟で愚かな自分を主の手に委ねるだけです。神様は憐れみ深いお方です。最善をなして下さる方です。おそらくアブラハムもそのように歩んだのではないかと思います。結局アブラハムは神様の祝福のすべてを見ることはありませんでしたけれど、神様の導きに従って人生を全うしましたね。私たちも、何よりも神様を礼拝する者として召されました。神様に信頼し自分の人生を全うしたいと思います。たとえ私の希望が成就しそうになくても、私は神様を信頼します。主はいつも最善をなして下さると信じます。聖書は神様からのラブレターです。あなたに神様はこんなに厚いラブレターを書いて下さった。皆さん。これほどのラブレター書いたことある人いますか?貰った事ありますか?ないでしょう。神様は私たちにこんなにぶ厚い、読むのに最低3日かかるラブレターを書いて下さいました。ある牧師が聖書は日あれば読めますと言ったそうです。それを聞いた信徒が実際にやってみました。晩徹夜して読んだそうです。そうしたら読めたのです。皆さん半信半疑でしたら、やってみてください。私は素直に信じますのでやった事はありません。それほど厚いラブレターを下さったのですよ。すごいですね私達の神様は。あなたはこんなにあつく愛されています。ですから、私はこの御言葉を私の人生訓、信念として受け取ります。すべて判断すべき時は御言葉で判断します。たとえ私が損したとしても、私は後悔しません。御言葉に従って失敗したならば、それは祝福となるのですから。私は御言葉を生活の基準にします。御言葉は本当に素晴らしいです。
詩篇19篇の節〜11節にこう書かれています。「主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせ、主のあかしは確かで、わきまえのない者を賢くする。主の戒めは正しくて、人の心を喜ばせ、主の仰せはきよくて、人の目は明るくする。主への恐れはきよく、とこしえまでも変わらない。主のさばきはまことであり、ことごとく正しい。それらは、金よりも、多くの純金よりも好ましい。蜜よりも、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い。また、それによって、あなたのしもべは戒めを受ける。それを守れば、報いは大きい。」
ハレルヤ!皆さん神様を、こんなすばらしい約束を与えてくださった神様を、いつも礼拝しましょう。礼拝は力です。私は本当に思います。礼拝には力がある。私をきよめ、私を成長させ、私の人生を勝利に導く神様への礼拝。霊と真によって礼拝する礼拝者を神様は求めていると書かれています。ですから、一人の時でも神様は共におられますが、でも何故、神様は先程の聖書箇所で、二人三人の者が集まって礼拝するならば、私もそこにいると言われるのか。それは個人礼拝が信仰生活の土台なのですが、二人三人で集まり礼拝すると、心合わせて神様を礼拝すると、更に力強く主は御自身をあらわして下さると言う約束だと思います。皆さんの家庭が祝福されたいと思うのでしたら、心の通じ合う兄弟姉妹を招いて、家で一緒に礼拝をして下さい。皆さんが祝福されたら、教会の祝福になります。教会が先に祝福されて、その祝福が我が家に来ると思わないで下さい。皆さんが先に祝福されるべきです。皆さんの家庭が祝福されたら、それは教会全体の祝福になるのです。皆さんが霊的に祝福され、経済的にも物質的にも祝福されて、その祝福を教会に持ってきて下さい。そうしましたら誰よりも牧師先生が喜びます。主よ、感謝します。それが真実だと思います。牧師先生は皆さんの祝福のために祈っていますから、皆さんが祝福されるべきです。アーメン。ハレルヤ!

 
 
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