Hey Jude

聖子ちゃんが歌ったビートルズ


中学生の時、ラジカセのエアチェックでビートルズの曲を集めていた頃、フォークソングがブームを迎えていました。そして、私の友達にも、フォークソングのファンが数人いました。
そのうちの一人が、ある時私を自宅の部屋に招待してくれました。
彼は、井上陽水のファンでした。早速、陽水のレコードを聞かせてもらいました。それは、フォークギターでの弾き語りで、それまで聴いてきた音楽とまた違った世界でした。
聞いているうちに友達は、だんだん興奮してきて、「人生が二度あれば・・・。」で陽水が泣きながら歌うところでは、目に涙を浮かべて、
「良い詩だろ、なっ、なっ。」
なんて言ってるんです。彼は、歌詞に大変感銘を受けているようでした。
それまでの私は、歌詞なんて関係無しに音楽を聴いていて、特にビートルズは英語なので、何を歌っているのか知りもせず、単に集めて聴いていました。
そして、彼に影響を受け、ビートルズの「Yesterday」や「Hey Jude」を、辞書を引きながら自分で訳しました。後に歌詞集を買いましたが、その時は、歌詞を知りたくてしょうがなく、お金も無かったんだと思います。カセットテープを回しては英語の歌詞を聴き取って、少しずつ訳した様に覚えています。

私は、二十歳を過ぎてから、松田聖子さんのファンになりました。それまでは全然眼中に無かったんですが、気まぐれに買ったレコードが良かったんです。アイドルにしては歌唱力があると思ったし、彼女の歌の世界が気に入ってしまいました。数年経って結婚前には、女性にも広く受け入れられるようになり、私の目は間違い無かったなんて思ってしまいました。とにかく、コンサートに行くほどではありませんでしたが、レコードは買い続けました。
いつだったか、テレビで放送された聖子さんのコンサートを見ていたら、「Hey Jude」を歌ってくれました。この曲の歌詞は聖子さんの歌の世界にはそぐわないし、まだ英語がへただったので、なんでこの曲を選んだのかなぁ、なんて首をかしげてしまいました。
それでも、トンカツとカレーが好物な人がカツカレーを食べるようなもので、おいしく聞かせてもらいました。
それにしても、その時は、本格的に海外で英語の歌を出すとは、思わなかったなぁ、聖子ちゃん。


Hey Jude
(Paul)
1968年8月30日 シングルリリース

Judeとは、ジョンと前妻のシンシアとの間に生まれた
ジュリアン・レノンの事。
ジョンがシンシアと離婚し、小野洋子と結婚が決まっていたある日、
ポールがジュリアンを車で家に送るときに
ジュリアンを励ますために即興で作った歌。

ジョンはこの曲を聞いて、当てこすりだと思い、
ポールは自分の事だと、うそぶいたそうです。


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1999.4.4 Minomushi