教会の沿革

1906年4月


1912年


1919年

1928年4月

1941年6月
1945年8月
日本メソジスト長崎中央教会(現、長崎銀屋町教会)の講義所として瀬の脇(恵比寿神社付近)に借屋して開設。
スコット宣教師夫妻の愛児フランセス・メリー・スコット嬢の昇天を 記念するため教会堂建立を発起され、募金その他準備に着手。
スコット宣教師夫妻の祈りにより、現、飽の浦町の土地取得。
近江兄弟社ヴォーリス氏設計による教会堂を献堂。(写真1枚目)
日本基督教団 長崎飽之浦教会に改称。
原子爆弾被爆により教会関係の書類一切消失。
1951年1月 復興会堂を献堂。(写真2枚目)

1924年〜
1997年3月

教会設立当初から、飽之浦幼稚園を開設。
戦争中の一時閉鎖があるも1948年に再開し1997年3月までの73年間、地域の人々に 支えられ、感謝されてきました。
(写真3枚目)

2006年10月 教会創立100周年を迎え、会堂の改修工事を行う。
2007年9月 100周年記念事業である地盤補修、外壁工事が終了。
 

墓前の写真
「毎年坂本国際墓地にある故メアリー・スコット嬢のお墓で墓前礼拝をしています。」

 

クリスマスページェント
「クリスマスには教会員一同でページェント(生誕劇)をしたりします。」

  クリスマス食事
「教会ではよくみんなで食事をしています。
写真は2011年のクリスマス礼拝後の食事会のものです。」
  キャンドルライトサービス
「クリスマスイブにはキャンドルライトサービス(燭火礼拝)を捧げています。」