昨年、2022年は、私が調査を行なっている北海道の全ての調査地のバイケイソウ個体群において一斉開花現象が見られました。そのことから、本年、2023年は花成個体が少ないであろうと想定してはいたのですが、実際に、全ての調査地において花成個体は非常に少なく、極僅かしかバイケイソウの花が見られませんでした。


1.礼文島(草原バイケイソウ)調査日:2023年6月15日

礼文島の調査地の個体群では1~2年周期で花成個体数の変動が見られ、2022年は2016年からの観察で最も多い330個体の花成個体が見られました。例年、花成個体数の多かった年の翌年は花成個体数が20個体程度に減少していましたが、2023年の花成個体は僅か2個体と大きく減少しました。




2.ベニヤ原生花園(草原バイケイソウ)調査日:2023年6月16日

ベニヤ原生花園内の調査地のバイケイソウ個体群の定点観察は2019年から行なっています。2020年に2000個体以上が花成し、翌2021年の花成個体は40個体程度と大きく減少したのですが、2022年は12000個体以上と2020年の6倍の花成個体が見られたので、この年が一斉開花であったと判断しました。そして、2023年に調査地で観察された花成個体は僅か17個体でした。




3.旭川(林床バイケイソウ)調査日:2023年6月14日

この調査地の個体群では2013年に257個体、2022年に121個体の花成個体が観察され、それ以外の年の花成個体は0~5個体でした。2013年の一斉開花では、その後の2年間花成個体がありませんでした。2023年の花成個体数は2013年の一斉開花時の約半分であったので、ひょっとしたら昨年花成しなかった個体が遅れて花成するようなことがあるのではないかと思ったのですが、そのようなことはなく、花成個体なしという結果になりました。調査地のバイケイソウ総個体数は判りませんが、2013年の一斉開花で257個体が花成したことから、257個体以上からなる個体群であると考えられます。2022年の一斉開花で花成した個体数は2013年の半数程度となったのは、この間に枯死してしまった子ラメットがあったか、花成に必要な資源を2022年の一斉開花までに獲得できなかったのかもしれません。




4.野幌森林公園(林床バイケイソウ)調査日:2023年6月17日

この調査地も旭川と同じような花成個体数変動を示し、2023年にはこれまでで最も多い804個体が花成しましたが、2023年に花成が確認できた個体は1個体のみでした。




以上のように、2023年は全ての調査地で昨年の一斉開花の反動が大きく表れ、花成個体が殆ど見られませんでした。よって、2022年の一斉開花をもたらした要因は非常に強力なものであったと考えられます。伊藤ら(2023)は、バイケイソウ低地個体群では、次の花成までの資源回復に最短1年のインターバルが必要であり、2年前の生育期の低温条件がトリガーになって開花を同調させている可能性を指摘しています。私が調査している北海道のバイケイソウ個体群は全て低地で生育する個体群に該当しますので、温度要因が一斉開花に大きく影響しているものと思われます。

一斉開花開花年の花成個体数を「1」として、各年の花成個体数を相対値で表したところ、草原バイケイソウとしている礼文島とベニヤ原生花園の個体群では変動パターンが異なることが判りました。ベニヤ原生花園はまだ調査を始めて5年ですので、確かなことは言えませんが、変動パターンは礼文島よりも林床バイケイソウの野幌森林公園の個体群に近いように思われます。礼文島個体群は2022年の一斉開花の前にも2017年、2019年に花成個体数が大きく増加しています。礼文島で調査している個体群は、島の南西側の草原に生育するもので、高山に近い過酷な環境下にあります。ですので、開花パターンも低地のものよりも高地のもの(資源量に強く依存した花成)に近いのかもしれません。




一斉開花の翌年の花成個体数の大幅な減少からは、むしろ一斉開花の翌年以降に花成した個体のほうが「なぜ花成したのか」不思議に感じられます。このような個体は、どの調査地でも、一斉開花の翌年で0.1~1%程度、その後の次の一斉開花までの期間は5~10%程度存在するようです。このような個体は、花成誘導シグナル経路に異常がある、または群生地内での微妙な要因の差異に応答して花成しているのかもしれません。

バイケイソウの花成個体数調査に加えて、サロベツ兜沼の林床コバイケイソウ個体群の花成個体数も調査しており、2023年は花成個体が1個体と非常に少なくなっていました。2022年は、バイケイソウと同様に花成個体数が多い年でしたが、調査している個体群でもっと花成個体数が多かった2019年と比較すると1/3程度でした。よって、一斉開花の反動による花成個体数の減少とは少し違うのかなと思いました。サロベツ湿原センターの草原湿地のコバイケイソウも兜沼個体群とほぼ同じ変動パターンを示し、こちらの花成個体数もセンターの評価で「非常に少ない」となっていました。




ちなみに、札幌北大植物園の植栽バイケイソウは今年も花成しませんでした。


参考文献
伊藤陽平、工藤岳(2023)「バイケイソウ個体群間における開花同調性とその規定要因」 
日本生態学会第70回全国大会(仙台)

Posted 20 September 2023

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その15 2023年度北海道バイケイソウ花成個体調査