バイケイソウは春先に芽を出して成長し、花芽を形成しない個体は6月には地上部が枯れ、花の咲く個体はそれ以降に花芽を成長させ7月に開花します。夏に花が咲くので「夏の植物」という分類にはいるのでしょうが、大部分の個体は花芽が出来ずに夏には消えてしまいます。
春に成長して夏には地上部が枯死してしまうカタクリやイチリンソウなどを生態学では「春植物」と呼んでいます。これらの植物は春の林床の明るい短期間に葉を展開させ、花を咲かせて実を結び、その後地上部は枯死して地下部は翌春まで休眠にはいります。そのため、これらの植物を英語ではその短い命に因み「春の妖精(spring
ephemeral)」と呼んでいます。春植物の厳密な定義は難しいのですが、春の明るい林床で花を咲かせても夏に地上部が枯死しないスミレのような植物は「春植物」とはしないようです。
バイケイソウは主に落葉樹の林床に生育する多年生の草本植物で、その成長過程を見ると、下図に示したように上層木の葉がまだ展開していない樹冠の明るい時期に急速に成長し、上層木の葉の展開が始まり樹冠が暗くなる(天空率が低下する)につれて成長が止まり、樹冠が完全に葉で覆われる頃には花芽形成しない個体の地上部は枯死してしまうことがわかります。このように、花芽形成しないバイケイソウの成長・地上部の枯死と林床の光環境との間には密接な関係があると言えます。
また春植物の多くは、繊維質の少ない軟らかい葉をしており、枯死する際には溶けるようにして消えていきます。これは支持組織にコストをかけずに水の力(膨圧)だけで葉を速く展開させているためであるとされています(大野
1995)。バイケイソウの葉も繊維質のない軟らかい葉であり、葉に複数の縦方向のひだをつけることで強度を増しています。また、葉が枯死する際にも繊維質を殆ど残さずにドロドロに溶けるようになくなってしまいます。
バイケイソウは春に花が咲かないので「春の妖精」ではありませんが、林床の明るい時期の光を利用して光合成を行なってエネルギーを蓄えているといった生活様式や葉に繊維質が少なく軟らかいことから、「春植物的な夏の植物」と言えるのではないかと思います。
参考文献
大野啓一(1995) 春植物の生活様式と生育環境 プランタ 38:8-13
バイケイソウの草丈の変化と群落の天空率との関係
2u四方内にあるバイケイソウ14個体について草丈を測定し、同時に群落
中央部で魚眼レンズを用いて全天空写真を撮影、画像解析により天空率
(●)を求めた。6月後半以降に草丈の伸びている2個体は花芽のある
個体。6月中に線の途絶えた個体は枯死したことによる。
(2005年 箱根にて計測)
Posted 11 May 2008
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その1 バイケイソウは夏の植物?