評論 「ロザリンとライオン」

 

表記の映画について言及する積もりは無かったし、今もないのだけれど、どうも何かしないと収まらないという気がしていることは確かだ。馬鹿なことを書きそうだという予感がしている。


監督ジャン・ジャック・ベネックス、ヒロインイザベル・パスコ 1989 

このフランス映画についてはご存知だと思う。単純な筋の成功譚で、ちょっとサドっぽいひねった得ろ映画、といったところだろうか。

おおざっぱに映画の筋を紹介しておく。

 

愛し合う若い男女。女は猛獣使いに魅せられ、自分も舞台に立ちたいと思って日々修行に励む、かなり変わったオタク女。その女に惚れた青年も彼女の生き様に魅せられて猛獣使いを志願するが、女のひたむきさにはかなわない。女は修行の甲斐あって大きなサーカスに雇われ、そこで脚光を浴びる。男もそのショウで女の脇役の存在ながら成功する。

途中に2,3の曲折はあるけれど、ドラマといえばそれだけのことだ。
B
級だといえばそうなんだろうけれど、女猛獣使いという趣向が変わっていて、アイデアは秀抜(私は最初見たときヒロインが本物の猛獣使いなのかと思った。まず「美女」ではなかったし、魅力的でもなかったからだけれど。ま、それは置いて)、というより、誰でも思いつくことなんだろうけれど、ハダカの見せ所についてこれまでやらなかったことをあえて(図図しくも)やった。

つまり、この映画(の見せ場)は最後の10分間で言い尽くされるといってよい。ユー・チューブにも出ているから今でも見れる。

今やサーカスの華形となったオタク女は、全裸に近い過激なTバックビキニで鞭を振るい、ライオンどもを意のままに操る。しかも、これでもか、と趣向はエスカレートし、相棒の男に死神のコスチュームをまとわせ、裸のヒロインを横たわらせてその胸に載せたバラの花をライオンに咥え取らせるという危険きわまりない芸を敢行する。

 

この場合、猛獣使いは誰なのか、ライオンは誰の指示に従っているのかという状況がよく分からない。鞭を振るっていたヒロインはその時には単なる生身の花台になっているから、多分髑髏のマントとマスクをつけた男なのだろうけれど、死神がライオンを操っている様子は間接的にしか見られない。それにこういったこと(使い手の交代、それにまったく顔を見せない、おどろしいばかりの覆面猛獣使いなど)が実際の現場で原理的に可能なのかどうか。もちろん、映画の惹句にもあったようにすべてトリックなし、ヒロインは10ヶ月にわたって特殊な訓練を積んだ、というのも嘘ではないのだろうと思いたいけれど。

 

この映画全体の中での肝心な部分がそのようにどうもうさんくさい、作り物めいているという弱さはあるけれど、このクライマックスにエロチックなものを感じたという観客は多かったらしい。ヒロインの露出過剰なコスもさりながら、その裸身を猛獣の鼻先に投げ出して運命に任せる「美女の生贄的」場面はSMっ気のある人間にはこたえられない緊迫感だったろう。

 

エロチックとは何なのだろうか。ひとつはたやすく性的な満足を得られそうな異性の実体を身近かにすることだろう。人間はイマジネーション、特に視力によるそれが非常に発達しているから、何であれそれら好ましい状況を具体的に想像できるもの、例えばヌードの写真を見ることで代用することも出来る。更に、その異性が観察者にとって好ましいふるまいをする時(「美女」とか「裸体」とかいう単なる記号的な存在ではなく、例えば大きく胸を波打たせて呼吸をするとかいうそれだけでも)、存在感は高まり、エロチシズムは更に効果を増すということだろう。

何が好ましいかは各人各様だろうけれど、理想的には観察者にはとてもなしえないような静的な勇気を発揮する(猛獣の鼻先に身を横たえて緊張を持続する)とか、(長い訓練の結果を思わせる舞踊など)見事な行動を見せるとか、そういったことで彼らの心に生々しい賛美感と共感を呼ぶわけだろう。

  イザベル・パスコ

大衆の前に、そして特殊な例として猛獣の前に、身を護る衣服を脱ぎ捨てて裸の身を晒す時、ヒロインは例えば大衆と言う全能の怪物に身を任せるべく「どうとでもして!」と言うほどの危険な賭け(自身の裸身が「美しい」と評価されるか、それとも単なるわいせつ物とみなされるかは、かなり競った勝負なのだが)に出たわけであり、それは猛獣の前に出ることとなんら変わるものではないだろう。それは美しい女性らしからぬ、誰もがなし得ないような勇気を見せたということになりはしないか。

そんなことはエロチシズムとは関係ないというかもしれないけれど、そんなヒロインチックな彼女の全人性が、目的物である彼女を更に魅力的に見せることは確かだろう。そんなふうにヒロインを見るものは、彼女に単なる安易な性の目的物を感じて催すわけではないだろう、と思うのだけれど。

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