錦眼鏡余話1:No21
フエ・ホイアンの旅:その8
 
 
ホイアンの街中は、旧正月のためか、人で一杯でした。
中高校生や小さい子どもたちの姿も目につきます。
欧米系の観光客も多くいます。


古い民家や感じのよいお店が並んでいました。
出店もたくさん出ていました。
ぶらぶらと散策しながら、お店や出店を覘いてまわりました。


(つる性の植物が覆いかぶさったお店)

来遠橋(日本橋)を渡りました。
橋に瓦屋根がついて、まるで家のようでした。
1593年、日本人によって架けられたと言われています。
日本の歴史では、「関ヶ原の合戦」より少し前になります。
このころ、東南アジア各地に日本人町があったと言われています。


昔、この橋、
来遠橋(日本橋)
が日本人町と中国人町とを結んでいたそうです。

上の写真が来遠橋(日本橋)です。


橋のなかは、下の写真のようになっていました。
橋の両端に、この橋を守っている犬と猿の像がありました。
また、橋の中ほどに航海の安全を祈願する小さな寺がありました。

ずっと歩いていたので、少々草臥れました。
Iさんが見あたりません。
近くのコーヒーショップで椅子に腰かけていました。
「疲れたので、アイスクリームを食べようと思ってね」
「私もつき合うよ」
私はバニラを注文しました。


ホイアンの街中でお昼を食べ、タクシーでホテルに戻りました。
Iさんは風邪気味なので、午後はゆっくり休むことになりました。
私は、カメラを持って海まで歩いてみることにしました。


しばらく歩くと、田園風景が広がってきました。
水田の畔に水牛がいたので、写真を撮りに近づいていきました。
ところが、カメラを構えたとき、小屋の中から1匹の大きな犬が
吠えながら走り出てきました。
私は大の犬嫌いです。
慌てて、自動車道まで走って逃げました。笑


途中、橋を渡りました。
川は水量が豊かで、船もたくさん係留されていました。
橋の上からカメラを構え、数枚写真を撮りました。
(名前の知らない川に係留されている船・舟)


海まで結構な距離がありました。
ようやく、道の向こうにヤシ林が見えてきました。
ヤシの間にたくさんの人が談笑していました。


家族連れだったり、若者の集まりだったりと様々です。
なかには恋人同士もいました。
テーブルやシートを広げ、その上に食べ物や飲み物を広げ
語らっていました。
プラスチックの腰掛は、貸し出されているようです。
旧正月のベトナム庶民の過ごし方(娯楽)の一つなのかもしれません。

海岸は、砂浜でした。
砂浜では、子どもが数人遊んでいました。
かなり大きな波が打ち寄せていました。

疲れたので、しばらく休んでからホテルに戻ることにしました。

この日の夕食は、Iさんと。。。
昨日食べて美味しかったレストランへ出かけました。
ところが、昨日と打って変わって美味しくありません。
勘定をするとき、昨日は美味しかったけれど、
今日は美味しくなかったと言ったら。。。
コックさんが昨日と違ったことを教えてもらいました。
どうやら、暮れからずっと働いてきたコックさんに正月休みを