'06.09.27 更新

 

管理人が舞台で、街で感じたことを、書き連ねてみました。
少しずつですが足していきますので、暇な時に読んでみて下さい。

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 『道成寺』の鐘後見
 4月に『邦謡会能』にて、初めて鐘後見(主後見)を勤めさせて頂きました。父(慶次郎)は鐘後見のスペシャリストで、
数十回も勤めたのですが、主宰の梅田邦久さん(シテ)から、「ぼちぼち代替りして、引いてくださいな。」とおっしゃって
頂き、図らずも引かせて頂くことになったのです。
 ここで鐘後見について御存知ない方のために、少し解説。『道成寺』には実際の鐘の形をした竹組みに裂をかけた作り物が
出ます。それを舞台の天井に備え付けてある滑車に狂言方が綱を通し、吊り上げた上で曲が始まります。その鐘を引き上げ
たり落としたりする役が鐘後見。『鐘入り』と呼ばれるクライマックスでは、シテの飛ぶタイミングに合わせ、いかにシテが
綺麗に鐘に消えるかが腕の見せ所となります。鐘は作り物とはいえ、軽すぎてバウンドしないよう、また落ちる音に重みを
出さすために、鐘の回りに数十キロの鉛が仕掛けてあります。人数は5人で、主後見に副後見、それぞれの重しが2人、綱の
処理をする『さばき』と呼ばれるものが1人という編成です。
 実は今回の鐘引きには、初めてという条件以外にも悩みがありました。まず一つは、私以外の副後見やさばきの人もその
ポジションが初めてだったということ。私より若い人を揃えることで、気兼ねなくという配慮をして頂いたものなのですが、
何せ初めての私にとっては、副くらい経験者であってくれたらなとの思いがありました。二つ目は場所が名古屋能楽堂だと
いうこと。この能楽堂は恐らく日本一大きな能舞台であり、当然天井も日本一高いと思われます。ましてここの鐘は重いとの
悪評をよく聞いていたので、実際どれほどのものなのか不安でなりませんでした。三つ目はおシテが御高齢だということ。
梅田氏がいくら超人であるとはいえ、もしタイミングを誤ったらと考えると、これまた寝られなくなるわけです。
 さて本番。いやあ疲れました。鐘入り間際までは副後見と2人で持っていますが、いざそのタイミングの時は、主後見が
1人で持ちます。およそその時間2、30秒。時間にしてみるとわずかな時間のようですが、本当に長い。しかもシテが鐘の
下に来る時、手に触れて位置が分かるようにわずかに下げるのですが、これがしんどい。そのままずるずるといってしまい
そうになります。そこで何とかこらえ、最大の見せ場を演出するのです。無事落とした瞬間は、自分が普段シテを勤めた後に
味わう以上の解放感が、身体を突き抜けていきました。
 そしてここの鐘が重い理由が分かりました。実際の鐘が重いというよりは、重く感じるといった方が正解でしょう。綱を
持つ時、なるべく自分の腹近くの重心の低いところで持った方が力が出やすいのですが、名古屋能楽堂の場合、天井(滑車の
位置)が高いため、必然的に綱の角度が上向きになります。したがって腹の位置まで引きつけようにも、胸の辺りでしか持つ
ことが出来ないので、当然重く感じるというわけなのです。
 おかげさまでみんなのチームワークも良く、無事初役をこなすことが出来ました。しょっちゅうやりたいとは思いませんが、
また引かせて欲しくなったというのが正直な感想です。だって落とした時の快感は、本当に忘れられないほどのものでした
から......。

 『おあいそ』
 どの業界にも専門用語というものが存在する。我々『能』の世界にも当然存在するが、いちばんよく認識されているのが、
お鮨屋さんの言葉だと思う。『あがり』『むらさき』『がり』など、今では当たり前のように一般語と化している。それでも
私は店で客がその言葉を発する度に、ものすごく違和感を覚える。
 元来、これらの言葉は店の人達のみが使う言葉であり、そこには大きく分けて二つのタイプがある。一つは遊び的な要素で
作られたもの。そしてもう一つは、客にストレートにその言葉を発することが失礼であるという観点から作られたもので
ある。前者はあくまで遊びの要素であるから、それを客が言うことに取り立てて文句は言わない。ただ後者は、立場の違う
側が使うと、重ねて失礼に当たることになる。
 いちばん分かりやすい例が、『おあいそ』という言葉である。これは元々関東で生まれた言葉らしいが、「宵越しの金は
持たねえ」というほどの江戸っ子が、「お足を取るという無粋なことをしてすみません、愛想のないことで」という意味が
込められている。つまり『おあいそ』とは、愛想があるのではなく、愛想がないのである。これを客が言うと、店の者に
対して「愛想なし。二度とこないよ。」と、最後通告していることになる。
 言葉には、本来の意味から転じて逆の意味に取られているものも少なくない。誰でも間違った使い方をすることはある。
ただ言いたいのは、先にも述べたように、業界用語にはその立場なりの意味が込められているという事実があるということ、
そしてその意味を考えた上で使うか使わないかを判断することが大事なのではないかと思う。私がよく通う店では、店の
大将が『おあいそ』のことを『お宝』とおっしゃる。ここでもまた、客が同じく「お宝」と言っている人がいる。そりゃお金
は誰にとっても『お宝』ではあるが、支払うお金に「お宝」ということがどれだけおかしいことなのか何故考えないのだろう
と思ってしまう。日本語は確かに難しい。でもこれだけの言い回しがある素敵な言語であることを認識して、是非とも使い
分けて頂きたいと願う。

 0.7mmの美学
 私もワープロ、そしてパソコンを使うようになって、めっきり字を書くことが少なくなった。よく言われる字の間違いに
ついてはちゃんと気をつけているので、漢字に対する知識は劣ってないと思うが、字が下手になったことは否めない事実で
ある。
 みなさんは字を書いていますか?書いている方は、何を主に使ってらっしゃいますか?私は色んなもので書くので、これで
ないとダメというものはない。ただシャーペンだけは学生時代から0.7mmを愛用している。一般的な0.5mmはよく折れるの
が嫌で、私的には書く道具に値しない。0.9mmも試したことがある。なるほどこれは太いだけあって疲れない。でもいかん
せん太すぎる。やはりデッサンとかに使うものなのであろう。その点0.7mmは、どちらの欠点も補うちょうどいい太さで
ある。特にFABER-CASTELLのものは、持ち手もほど良い太さで、実にしっくりと馴染む。私おすすめの逸品である。