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そのラムプ敷き誰がものぞ a かぐろなる糸あかき糸 銀の編み棒に編む糸は 君は夜な夜な毛糸編む a . 月夜の海に石を投ぐ a 君をはなれて唯ひとり 君が心は知りがたし a 君が瞳はつぶらにて a . 花を敷き a あはれ若き日 a あたたかき真昼の丘べ 夢ふかきみ瞳を恋ひ 影おほき林をたどり a . うれひは青し空よりも a つぶら瞳の君ゆゑに 真ひるの丘べ花を敷き 野ゆき山ゆき海辺ゆき    a . . 佐藤春夫 少年の日

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こぼれ松葉の火なりけむ a 海べのこひのはかなさは ありやなしやとただほのか a 入り日のなかに立つけぶり   a  . かひなきことをただ夢み a うれしくふたり手をとりぬ ただたまゆらの火をかこみ a わらべとをとめよりそひぬ   a  . わらべのごときわれなりき a こぼれ松葉に火をはなち をとめのごとき君なりき a こぼれ松葉をかきあつめ      a  . . 佐藤春夫 海辺の恋

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証せよ a   かの一ときの団欒ゆめに非ずと     a いとせめて 秋風よ いかに 世のつねならぬかの団欒を a 汝こそは見つらめ 秋風よ あはれ   a  父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや     a 小さき箸をあやつりなやみつつ 愛うすき父を持ちし女の児は 妻にそむかれたる男と食卓にむかへば a あはれ a 人に捨てられんとする人妻と いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ a そのならひをあやしみなつかしみて女は さんまを食ふはその男がふる里のならひなり a そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて さんま a さんま   a  思ひにふける a  a さんまを食ひて 今日の夕餉に  a  ひとり 男ありて 情あらば伝へてよ 秋風よ あはれ      a  . . 佐藤春夫 秋刀魚の歌

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                                                                                                         げにそは問はまほしくをかし     a あはれ さんまを食ふはいづこの里のならひぞや a そが上に熱き涙をしたたらせて さんま苦いか塩つぱいか a さんま a さんま a      涙をながす  a  a さんまを食ひて 今日の夕餉に  a  ひとり 男ありて 父を失はざりし幼児とに伝へてよ 夫を失はざりし妻と 情あらば伝へてよ a 秋風よ あはれ      a 

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注: 少年の日   夜(よ)な夜(よ)な   誰(た)がもの 
注: 秋刀魚の歌:  情(こころ)あらば   食(くら)ひて  酸(す)を  腸(はら)を  
注: 秋刀魚の歌: 汝(なれ)こそ   団欒(まどゐ)   証(あかし)   塩(しよ)つぱいか