2007年9月号より
2007年9月号より
「学研の科学」掲載
Q.良く噛む事でアゴが発達し、歯並びが良くなると聞いたのですが、本当ですか?
A. 通説では、「アゴは世代ごとに退化の傾向にあり、親にくらべて、子どものアゴは小さくなる」とされています。猿人、原人、新人(ホモサピエンス)の骨格を比較すると、人類の発達とともに、確かにアゴは小さくなっていっていますから、一見、正しいかのように思えます。
私たち夫婦は、ともにアゴが小さくて歯並びが悪くなってしまい、大学時代に歯列矯正の治療を受けた経験を持っています。私たちが結婚すると聞いた主治医の先生は、「あなたたちの子どもは絶対に歯列矯正が必要になるから、その時はまた私が治してあげる」と笑ったものです。私たちも、当然、そうなるものだと思っていました。
ところが、4人の子どもたちのアゴはどんどん大きくなり、4人が4人とも、歯列矯正などしなかったのに、とてもきれいな歯並びになったのです。アゴの大きさを計測して比べてみると、身長は私よりも低い長男ですが、アゴの大きさは1.3倍にもなっていました。通説はみごと、ひっくりかえされました。
私たち夫婦と子どもたちの大きな違いは、幼少時の食生活です。私たち夫婦が育った時代は高度成長期のまっただ中で、「ごはんは残してもいいから、おかずを食べなさい」と育てられました。子どもたちには、全く逆に「おかずは残してもいいから、ごはんをたくさん食べなさい」と育てました。
戦前の日本人は、歯磨きなどしないのにむし歯が少なく、アゴも大きかったことを思い出し、「戦前の食事」を参考に献立を組み立てたのです。戦前の代表的なメニューは「大豆のみそいため、たくわん、野菜のみそ汁、にんじん・大根などの煮物、麦飯」とされていますから、これを基本にアレンジを加えました。パンは「特別食」として、日曜日のお昼に楽しみとして食べるようにし、主食はあくまでも、分づき米か白米に麦を混ぜたものにしました。そして、おかずは必要最小限にとどめ、ごはんをいっぱい食べさせました。また、飲み物には特に注意を払い、どんな時も甘い飲み物だけは与えませんでした。牛乳も、ごくごくたまに「楽しみ」として飲ませただけです。
結果、歯並びはとてもよくなりましたが、これが栄養面での成果なのか、よく噛んだ成果なのか、それはよくわかりません。4人の子どもが少ないおかずの取り合いをしていましたから、よく噛んでいたら、「取り分」が減ってしまいます。よく噛んで食事をしているようにはとても見えませんでした。もちろん、よく噛んで食事をすることはとても重要なことですが、それと歯並びとは、あまり関係がないように思えます。
Q.よく噛む食事とは具体的にはどういう食事なのでしょう?
A. よく噛む食事とは、和食のことです。ご飯を主食とし、みそ汁・大豆・魚・野菜・海草などを組み合わせた、伝統的な一汁三菜の食事は、パン・牛乳・ハムエッグといった組み合わせの洋食よりも、咀嚼回数は断然多いものです。
さらに、タコ、貝類など歯ごたえのある固い食品は、ご飯を主食にしたほうが、おかずとしても合います。
現代人は、昔の人に比べて、噛む回数が大幅に減少しているといわれています。卑弥呼(弥生時代)、紫式部(平安時代)、源頼朝(鎌倉時代)、徳川家康(江戸時代)、徳川家宝(徳川十三代将軍)、さらに第二次世界大戦前の人の食事を復元して、その咀嚼回数を比較検討してみた研究があります。
古文書から推測してみると、弥生時代に卑弥呼が食べていたとされる食事のメニューは「ハマグリの潮汁、アユの塩焼、長いもの煮物、カワハギの干物、ノビル、クルミ、クリ、もち玄米のおこわ」といったものですが、実際に食べてみると、咀嚼回数は4000回近くにもなったということです。
一方、「コーンスープ、ハンバーグ、スパゲティ、ポテトサラダ、プリン、精白パン」といったメニューで同じように実験すると、咀嚼回数は620回ですんだとのことです。また、戦前のメニューとして挙げられた「大豆のみそいため、たくわん、野菜のみそ汁、にんじん・大根などの煮物、麦飯」の咀嚼回数は1420回ということですから、いかにファーストフードは噛まなくて済むかということがわかります。
噛まないと、噛む筋肉が衰え、噛むことがおっくうになってしまいます。「噛めない子」「噛まない子」が増えていると言われて久しくなりますが、ふだんから気をつけていないと、いつの間にかそうなりかねません。お子さんには、是非、ごはんを主食とした食生活を基本としてください。また、めん類は、一番噛まなくてもすむ食品ですから、そういう観点からも、めん類をひんぱんに食べることはお勧めできません。
文:くろさわ歯科医院 院長 黒沢誠人