エピソード2
 
 


 確か幼稚園のころだったと思う。近所の友達の家へ遊びに行って、母親が迎えに来たときのことだと記憶している。雨降りの日で、私はこうもり傘を片手に持っていた。

 母親は友達のお母さんと何やら話し込み、なかなか帰ろうとしない。退屈しのぎにこうもり傘の柄を口にあてがって、何を考えたのか私はなめ始めた。もちろんおいしくとも何ともなかったが、とにかく退屈だったのだ。 すると、何かの拍子に傘の柄の先が回転しながら入り込んで、ベロの下にぐっ!っとはまってしまった。何とも言えない鈍い痛みが走るが、しゃべることはできない。口が閉じないからである。「うぅー」っと私はうなり声をあげた.

 気がついた母親達が、大慌てで傘を取ろうとした。が、口を大きく開けても、柄がひっかかって全然取れない。慌てているので、余計に取れない。力を入れれば入れるほど、柄の先はどんどん食い込んできて、どうしようもないほど痛くなってきた。声を出そうとすると痛みが増すから、私は声を出さずに 泣いた。よだれを垂らしながら。が、どうしても取れないのだ。「どうしよう・・・」と母親も泣きそうになってきた。ちなみに母親はかなり不器用だった。  

 やっとのことで取れた時には、ベロの下のジンジンとした痛みと疲労感、そして、安堵感で、放心状態の私がそこにいた。このことを思い出すたびにベロの下があの日のように痛くなってくる。

 私には4人の子供がいる。血は争えず傘の柄をもて遊ぶ傾向がある。口に運びそうになると、私は必ずこの話をして、諭すことにしている。さいわい同じ撤を踏む者は出ていないが、話をするたびに、あの日のようにベロの下が痛くなってしまうのが辛い。


200010月発行 院内新聞「まうす」第40号より

 

傘の思い出