Record + CD shop that doesn't sell it Renewal Update
2006.02.31
Top Rock Blues Jazz Classic Etcetera Single&Compact Listening System Bbs Link
![]()
いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、本日も数あるレコード店の中から当店をご指名いただき誠にありがとうございます。
・・・とどこかで聴いたことのあるようないつもの誘い言葉で開店いたしましたシングル盤&コンパクト盤コーナーです。
まずは誰の何から・・・五十音順・・・アルファベット順・・・何ジャンル・・・年代順・・・・和製・・・・・洋楽・・・・・ああめんどくさい!!
とりあえず当店流のジャンル分けをしました。
Beatles Black GS Jazz Monkees Movie Rock Rolling Stones Ventures Etc
Beatles(ビートルズ)
We Can Work It Out(恋を抱きしめよう)/Day Tripper(デイ・トリッパー)
![]() |
このレコードは確かビートルズのアルバムを集めていた時代に、どうしてもシングル盤を調達しないと全曲そろわないという情報を元に購入した記憶があります(ダブりをあまり考慮しなければアルバムだけでもそろうと思います)。 1965年12月に11枚目のオリジナル・シングルとして発表。またこのレコードは初の両A面扱いだったそうです。ちなみに当店のこのレコードはアップル・レーベルですのでリイシュー盤です。価格は500円。2010.01.09 |
Come Together(カム・トゥゲザー)/Something(サミシング)
![]() |
このレコードは何で当店にあるのかわかりません。こんなの当時買う必要がどこにあったのか謎です。1969年9月に発表したアルバム『アビー・ロード』の収録曲であり、同年10月にシングル・カットされ21枚目のオリジナル・シングル盤です。B面のサムシングを歌っているのはジョージですねえ。価格は400円。 ところで先日CS放送の無料体験でチャンネルを模索していたらジョン・レノンのニューヨーク・ライヴが放映されていました。そこでジョンが『一曲だけ昔のバンドの曲を奏るよ』と言ってカム・トゥゲザーを奏りました。イカッタねえ。2010.01.09 |
Let It Be(レット・イット・ビー)/You Know My Name[Look Up The Number](ユー・ノー・マイ・ネーム)
![]() |
このレコードのB面もたしかアルバムには収録されていなかったはずです・・・が、それが目的で購入したレコードではありません。これも謎です。またレット・イット・ビーもシングル・ヴァージョン・テイクでアルバムのテイクとはギターの間奏部分が全く違うことはビートル・ファンならずともご存じのことでしょう。店長はシングル・テイクのほうが好きです。 当時リアルタイムでこの曲を初めてラジオで聴いたときは本当にいい曲だなあと思いました。同時期にサイモン&ガーファンクルが同じピアノのイントロで始まる『明日にかける橋』で一位を争っていた記憶があります。 なおこのレコードは彼らの22枚目のシングルでビートルズ最後のシングル盤となりました。価格は400円。2010.01.09 |
Rolling Stones(ローリング・ストーンズ)
A面 My Girl(マイ・ガール)/Sittin' On A Fence(シティン・オン・ア・フィンス)
B面 Ride On Baby(ライド・オン・ベイビー)/Heart Of Stone(ハート・オブ・ストーン)
![]() |
ゴールデン・ローリング・ストーンズ第3集(1968)と題されたこのコンパクト盤ですが、このシリーズは第何集まで続いたんですかねえ。 『マイ・ガール』はご存じR&Bグループ・テンプテイションズのカヴァーで作曲はミラクルズのスモーキー・ロビンソンです。当時はオリジナルの方を多く耳にしていましたが、スティービー・ワンダーやオーティス・レディングもカヴァーしているスタンダード・ナンバーです。この曲と『Sittin' On A Fence』・『 Ride On Baby』はアルバム『Flowers(1967)』に収録されていて、『Heart Of Stone』のみが初期のアルバム『Now / Vol 3(1964)』からのチョイスです。 ところでクリス・ファーローというヴォーカリストをご存じでしょうか?ブリティッシュ・ロックのコロシアムやアトミック・ロースターなどで活躍していた歌手ですが、若き日に彼はミックとキースのプロデュースで『アウト・オブ・タイム』を発表し、ヒット・パレードのトップにランクインさせています。そして『 Ride On Baby』も・・・ですからこの2曲はクリスのために書いた曲で後にストーンズがセルフ・カヴァーしたという訳です。2010.01.10 『ライド・オン・ベイビー』→http://www.youtube.com/watch?v=VJ2vrXfbqww&feature=related 『アウト・オブ・タイム』→http://www.youtube.com/watch?v=GNyAzuB1-rE&feature=player_embedded# |
A面 Jumpin' Jack Flash(ジャンピン・ジャック・フラッシュ)/Child Of The Moon(チャイルド・オブ・ザ・ムーン)
B面 She's a Rainbow(シーズ・ア・レインボー)/The Lantern(ランターン)
![]() |
ゴールデン・ローリング・ストーンズ第4集(1968)です。『Jumpin' Jack Flash』は1968年に発表されたシングル盤です。ジャケット・デザインもこれと同じで『Child Of The Moon』はそのB面です。またこの『Child Of The Moon』は彼らのどのオリジナル・アルバムにも収録されていませんが、コンピレーション・あるばむには収録されているようです。 ストーンズのライヴで一番イメージを壊すのが『Jumpin' Jack Flash』です。これまで見たり聞いたりしたライヴでこのスタ録テイクのようなイントロから入る『Jumpin' Jack Flash』はあるのでしょうか?ですからライヴでの『Jumpin' Jack Flash』を聴くと名曲が台無しだなあとつくづく思います。 B面の『She's a Rainbow』と『The Lantern』はアルバム『Their Satanic Majesties Request(1967)』に収録されています。ニッキー・ホプキンスのピアノのイントロで始まる『She's a Rainbow』はリアルタイムで痺れましたねえ。 当時はアルバムを買えなかったのでとにかくこのコンパクト盤はよく聴きました。2010.01.10 |
A面 We Want The Stones(ウィー・ウォント・ストーンズ)/
Everybody Needs Somebody To Love(エヴリバディ・ニーズ・サムバディ・トゥ・ラヴ/
Pain In My Heart(ペイン・イン・マイ・ハート)
B面 I'm Moving On(アイム・ムービング・オン)/I'm Alright(アイム・オールライト)
![]() |
ゴールデン・ローリング・ストーンズ第5集[実況録音盤](1968)です(3枚とも同時期に出たみたいですねえ)。このコンパクト盤の収録曲は彼らのアルバムやシングルから抜粋したものではありません。1965年にホリーズと共に国内ツアーをしていた時の模様を録音したものからこのコンパクト盤用にチョイスした内容で初版は同65年にリリースされまもなく廃盤となりますが、ファンの要望で再発になりました。 『We Want The Stones』はオープニングの単なる観客の歓声です。そして一曲目と二曲目はメドレーで続きます。『Everybody Needs Somebody To Love』この曲はソロモン・バークが64年にヒットさせた曲です。『ペイン・イン・マイ・ハート』方はオーティス・レディングが63年にヒットさせています。この二曲はこのツアーのためにレパートリーに加えられたそうです。 『I'm Moving On』オリジナルはハンク・スノウ(聞いたことがありません)でC&Wです。『I'm Alright』は5人で作った曲でそのペン・ネームはナンカー・フェルジといいます。B面の2曲はあまり記憶にありません。2010.01.10 |
悪魔を憐れむ歌(Sympathy For The Devil)/放蕩むすこ(Prodigal Son)
![]() |
ジャケットを見開き状態にしてみました。どういう訳かAB面のタイトルが原題より邦題の方が先にきています。 wikiの情報によりますと『悪魔を憐れむ歌』のレコーディングでビル・ワイマンのベースがどうもキースのイメージ通りに弾かないのでキースはワイマンのベースをぶんどって自ら弾いてレコーディングしたそうですが、この頃からワイマン脱退の伏線があったんですねえ。 ライナー・ノーツ(星加ルミ子)によると、68年彼女がストーンズの取材に行ったときにミック・ジャガーは『来年(69年)は是非日本でステージを披露したい』ようなことを行ってたそうだが初来日は1990年ですから随分長くかかりましたねえ。2010.01.10 |
Honky Tonk Women(ホンキー・トンク・ウィメン)/You Can't Always Get What You Want(無情の世界)
![]() |
『Honky Tonk Women』は1969年リリースされたこの曲はイギリス・アメリカ共にシングル・チャートで1位を獲得しました。B面の『無情の世界』は彼らのステージでちょくちょく奏ってますよね。 この2曲はシングルが先で後にアルバムに収録されたと思われます。『Honky Tonk Women』はアルバム『Through the Past, Darkly (Big Hits, Vol. 2)(1969)』例の変形ジャケット、『無情の世界』はアルバム『Let It Bleed(1969)』にそれぞれ収録されています。 このころはブライアン・ジョーンズが脱退し、ミック・テイラーが後釜として引き継いだ時期ではなかったではないでしょうか。 ところで上のレコードとこのレコード・・・・なんであるんだろう?店長は若き日に数寄屋橋のハンター(中古レコード店)や中高生時代は質流れ品店をよく物色していましたのでそのときにゲットしたレコードだと思います。2010.01.10 |
Beatles Black GS Jazz Monkees Movie Rock Rolling Stones Ventures Etc
Monkees(モンキーズ)
A面 灰色の影(Shades Of Gray)/あの娘を忘れろ(Forget That Girl)
B面 ランディ・スカウス・ギット(Randy Scouse Git)/君は一人ぼっち(You Just May Be The One)
![]() |
モンキーズのことはエトセトラ・コーナーにちょこっと書いていますのでそちらを見てください。TV放映の中でよく使われていた曲の中で店長好みのナンバーが何曲かありました。当店のベスト盤に収録されていない曲だったのがたまたまコンパクト盤でありましたので速攻買いした記憶があります。 『灰色の影』はスロー・バラードのメロディアスな曲で現在でも通用する楽曲だと思います。『ランディ・スカウス・ギット』ミッキー・ドレンツがテンパニーを叩きながら歌っているのが思い浮かびます。この曲も店長好みですよ。 A面の2曲は知らない人の作曲ですが、B面の『ランディ・スカウス・ギット』はミッキー、『君は一人ぼっち』はマイク・ネスミスが作曲しています。 余計なことですが『ランディ・スカウス・ギット』をエキサイトで翻訳したら”ランディ残り肉で作るシチュー役立たず”とありました。2010.01.11 |
A面 デイドリーム(Daydream Believer)/ゴーイン・ダウン(Goin' Down)
B面 スター・コレクター(Star Collector)/ノー・タイム(No Time)
![]() |
『デイドリーム』はヒットしましたよねえ。ラジオの音楽番組では必ずといっていいほどこの曲が流れていました。タイマーズがカヴァーしたことをこれもエトセトラ・コーナーに書きましたが、なんと先般昇天したあの忌野清志郎が歌っていたんですねえ。訃報ニュースの中でつい最近知りました。 『スター・コレクター』の方はアップテンポでビートの効いたナンバーですが、この作曲はレーベルにKingと書かれていました。どこのキングかなあと思って調べたところ、なんとキャロル・キングでした。 当時は西のビートルズ、東のモンキーズとまで言われデビュー以来アルバム4作連続の全米№1(5週連続)を記録したアイドル・グループだったんですよ。 ジャケットの絵のデザインですが、サイケデリックが世の中を支配していた時代で当時こんな感じのアートがいたるところにありました。2010.01.11 |
すてきなバレリ(Valleri)/タピオカ・ツンドラ(Tapioca Tundra)
![]() |
マイク・ネスミスの早弾きギターのイントロで始まるこの曲はレコード発売前に100万枚(予約)突破したという話題作でした。今のようにPVがあったわけではないので、曲の内容を知らずに予約したという考えられないことです。 ジャケットは三つ折りになっていてカレンダー(1968年度版)が印刷されています。しかもモンキーズ・ショーが放映される毎週金曜日は白枠になっているのがわかりますか。2010.01.11 |
ジャッキー吉川とブルー・コメッツ
A面 青い渚/星よ星よ星よ(1966)
B面 星に祈りを/シャウト・アンド・ブルース・ビート
![]() |
青い瞳、青い渚、ブルー・シャトーは当時ブルコメの青シリーズと呼ばれていましたが、実はもう一曲あるんです。それはシングル『青い瞳』のB面にバンドのテーマ・ソングみたいなインスト・ナンバーの『青い彗星』がありました。ジャッキー吉川さんはS15年生まれというから今生きていれば(失礼)70歳ですねえ。彼はもともとブルー・コメッツのバンド・ボーイだったとライナー・ノーツに書かれていますが、じゃあその時のメンバーのメンツはイッタイ誰々だったんでしょうねえ? 青い渚の英題には『My Lonely First Love』と書かれています。歌詞の中にもこの言葉は出てくるんですが、英題を付ける意味ってあるんですかねえ? B面の『星に祈りを』は彼らのオリジナルではありません。佐々木勉(ベンではありません、ツトムです)というサベージに多くのヒット曲を提供していた作曲家で、大学時代に作った『夜空の星』という曲が原曲です。当時加山雄三がオリジナルの『夜空の星』をヒットさせていたので曲名を『星に祈りを』に変更したのでは?これはあくまでも店長の憶測です。 PS:『青い瞳』の歌詞には英語ヴァージョンもあり、なかなかやるなあと感心しました。2010.01.17 |
何処へ/センチメンタル・シティ(1966)
![]() |
『青い渚』に続くシングル盤です。石坂洋次郎原作のテレビ・ドラマ主題歌で当時この曲は万里村ゆき子さんが舟木一夫のために書いたそうだがなんで彼らが取り上げたんですかねえ。 ところで元祖ブルー・コメッツとは???このレコードのライナーにちょこっと書いてありました。バンドが発足したのは1958年でジャッキーがドラマーとして活動し始めたのがその2年後だそうです。この時にいたメンバーでデビューからずうっといるのがベースの高橋健二です。そして64年にこのメンバーに落ち着き66年『青い瞳』でデビューということになります。 PS:『青い瞳』は英語ヴァージョンが先で後に日本語ヴァージョンがリリースされました。この作曲者井上忠夫は数年前に自殺しましたよねえ。2010.01.17 |
マリアの泉/白い恋人(1967)
![]() |
この『マリアの泉』はブルコメの中では一番好きな曲で本気で買う気になった1枚です。当店のレコードには本気モードに入らぬまま買ってしまったもの多々あります。 このレコードのライナーには秘蔵話は書かれていないのですが、すごいことが改めてわかりました。なにがすごいかというと、66年4月ににデビューし、その7月にはビートルズの武道館公演の前座(ライナー・ノーツには共演と書かれているが店長は許しません。そんなことを許したらドリフターズも共演になってしまうぞ-)に出場し、さらには大晦日の紅白歌合戦にも初出場し、翌年には『ブルー・シャトー』でレコード大賞も獲得するという○○街道まっしぐらという感じでした。○○の中の言葉は思いつきませんでしたので皆さん勝手に解釈してください。2010.01.17 |
スパイダース
なんとなく なんとなく/ブーン・ブーン(1966)
![]() |
デビュー曲『フリ・フリ』、2枚目『ノー・ノー・ボーイ』はかまやつひろしの色が濃くあまり、当時のGSファンからは敬遠されていたように思います。また長髪のためにブルー・コメッツとは対照的(悪者扱い)されていた記憶があります。 『夕陽が泣いている』や『風が泣いている』でやっと市民権を得た後の1枚です。私はこの2曲をイメージし、1回も聴いたことのない『なんとなく なんとなく』を買ってしまいました。聴いてビックリなんだこの間の抜けた歌は・・・・と正直思いました。井上順の数少ないリード・ヴォーカルだったのに・・・・・・。 B面の『ブーン・ブーン』はご存じアニマルズのカヴァーですが、彼らはアニマルズの他にピーターとゴードン、ビーチ・ボーイズ、ヴェンチャーズなどの前座を務めたことがあります。65年のアニマルズの前座で彼らは『ブーン・ブーン』を奏ってたら楽屋で待機していたエリック・バードンの耳に入り、すっ飛んできて『ヤメロー』と怒られたそうです。やはり本家の前では御法度では・・・・。2010.01.17 |
太陽の翼/空の広場(1967)
![]() |
このレコードは中学の修学旅行の時に買いました。なぜか・・・・旅行中にこのレコードを聴く手段が無いことは十分承知していたんですが、多分買う本気モードに入っていたことと、まとまったお金があったからだと思います。ジャケットには世界に羽ばたくスパイダースの『なんとなく
なんとなく』に続くニュー・ヒット!と書いてありました。また今ニュースで頻繁に騒がれている某航空会社の《日本航空世界一周路線開設記念》とも書かれていました。 Wikiによるとこのバンドにはワイルド・ワンズの加瀬邦彦が2ヶ月間在籍していたそうです。加瀬が抜けた後に井上が参加し、本来はかまやつのの方がギターに関しては技術的に上だったが、井上を一人前にしようということで彼をリード・ギターに仕立て上げたそうです。2010.01.17 |
ジャガーズ
君に会いたい/ビート・トレイン(1967)
![]() |
下のカーナビーツと一緒にデビューしました。ミニ・スカートやモッズ・ルックといったファッションの発祥地でもあるカーナビー・ストリートというのがロンドンにありました。現在あるのかどうかはわかりませんが、このカーナビー・ストリートが持つワイルドでブラックなパンチの効いた(具体的によくわかりませんが?)サウンドをカーナビー・ビートと呼んでいたそうです。このフィーリングをコンセプトに誕生したのがジャガーズとカーナビーツです。・・・エヘヘ実はこのライナーを見るまではカーナビーツだけだと思っていました・・・・。 昔このバンドのバンマス(バンド・マスター・・・バンドのリーダー)が自分のドラムだけにバンドのギャラを使ったとか使わないとか・・・・・そんなスキャンダルを聞いたことがあります。 ところでジャケットの前列左から二人目(岡本 信)と後列左側(沖津ひさゆき)の二人ですが鏡に映したように似てると思いませんか?当時二人の名前を知らなかったとき二人は双子だと思っていました。2010.01.17 |
マドモアゼル・ブルース/哀れなジョン(1968)
![]() |
彼らの3枚目のシングルです。2枚目は『ダンシング・ロンリー・ナイト』という曲だったんですけど、これはあまりヒットしませんでしたし、店長も好きではありませんでした。ですのでこの3枚目の出来はすばらしいと思い買いました。 GSブームは65年ころから始まりの67年には最盛期を迎え雨後の筍ようにバンドが生まれましたが69年には衰退しています。その後フォーク・ソング、ニュー・ミュージック(シンガー&ソング・ライターみたいな)とジャンルが段々細分化されていったのでは・・・・。 ジャガーズは70年台に入ってもメンバー変更を続けながらも活動していた数少ないGSでしたが、71年7月についに解散しています。2010.01.17 |
カーナビーツ
好きさ好きさ好きさ/口笛天国(1967)
![]() |
日本の元祖カーナビー・ビート・サウンドのカーナビーツですが、このサウンドをコンセプトにしたバンドはジャガーズの他にいたんですかねえ?ジャガーズもカーナビーツに比べたらそれっぽくないのだが。 『好きさ好きさ好きさ』はゾンビーズが65年に発表した原題『I Love You』のカヴァーですが、実はこの『I Love You』はA面『お好きな時に』(Whenever You're Ready)の裏面(つまりB面)で、しかも本国イギリスではヒットしなかったそうです。またアメリカでもカヴァーしたアーティストがいたみたいです。 ♪オマエノースベテエヲー♪と片耳を押さえながらシャウトしていたあのドラマー、アイ・高野は当時16歳でした。今では16歳の芸能人なんて掃いて捨てるほどいますが、当時は珍しかったと思います。彼はゴールデン・カップス再結成後のメンバーに一時的に参加したこともありますが、2006年に心不全で亡くなっています。 B面の『口笛天国』はこれもカヴァーです。オリジナルは口笛ジャック(Whistling JACK SMITH)が67年に発表しています。歌はなく口笛だけで日本では深夜のラジオ番組『走れ歌謡曲』のテーマ・ソングに使われていましたの懐かしく感じる方も多いかと思います。2010.01.17 |
テンプターズ
神様お願い/涙を笑顔に(1968)
![]() |
テンプターズの2枚目のシングルです。1枚目の『忘れ得ぬ君』もヒットしたんですが、『神様お願い』はそれ以上だったように思います。松崎由治の個性的なギターが印象的で記憶に残っています。また、ヒット・メーカーとしても非凡な才能を持っていたようです。 役者として一時代を築き上げたが今では薬好きとなってしまった荻原健一ことショウーケンはいつからショウーケンと呼ばれるようになったのかなあ。というのはこのレコードのライナーでメンバー紹介があるんですが、そこには彼のニックネームは”あひる”となっていました。 もう一人役者になったメンバー”大口広司(ドラム)”は最近まで活躍していましたが昨年1月に肝臓ガンで亡くなっています。2010.01.17 |
ワイルド・ワンズ
夕陽と共に/可愛い恋人(1967)
![]() |
ワイルド・ワンズの『思い出の渚』はスタンダード・ナンバーとして現在でも歌い継がれていますが、店長はこの『夕陽と共に』の方が好きです。 このバンドの生い立ちですが、加瀬邦彦がスパイダースをやめてから寺内タケシのブルー・ジーンズに一時期いました。たしか『津軽じょんがら節』なんかを奏っていた時代です。そこで自分のバンドを結成しようとブルー・ジーンズをやめ、週刊平凡パンチ(現在は廃刊になっているはずです)に新バンドの募集記事を載せメンバーを集めたということです。そしてバンド名の名付け親は慶応大学の先輩でもある加山雄三が命名しました。 デビュー後2年くらい経ってからキーボード担当として渡辺茂樹が参加していますが、彼も当時16歳でした。GSはある時期に再結成が流行りましたが、現在までその尾を引いているのはワイルド・ワンズくらいでしょう。 昔ザ・ヒットパレードという番組がありました。内容はその当時の流行歌のベスト・テンを色んな歌手が歌うという内容だったかなあ。その番組でGSの各パート(楽器とヴォーカル)の人気ベスト・ワンを視聴者が投票で決めるという企画があり、ヴォーカルで見事一位になったのがなんと植田芳暁でした。ギターは三原綱木であとは忘れました。2010.01.17 |
ゴールデン・カップス
いとしのジザベル/陽はまた昇る(1967)
![]() |
店長はこのゴールデン・カップスとモップスは他の沢山のバンドと区別していました。一言で言うとこの二つのバンドは演奏がプロでした。他のバンドもレコードを出している以上プロのはずなんですが、店長に言わせればこの二つのバンドは当時のブリティッシュ・ロックやアメリカン・ロックに一歩も引けをとらないサウンドを持っているということです。 当時テレビで(ヤング720)見たルイズルイスのあのベースの弾き方には唖然としました。今思えばあのとき店長は知らなかったジャック・ブルースをイメージしていたのかなあと勝手に想像しています。 気にくわないのは当時メンバーは全員ハーフ(昔は混血児と言われていました)という触れ込みでしたが、Wikiによるとデイヴ平尾とマモル・マヌーは生粋の日本人だそうです。そのデイヴ平尾は2008年に亡くなっています。2010.01.17 |
モップス
月光仮面/アジャ(1971)
![]() |
日本ではサイケデリック・サウンドをいち早く取り入れ、『朝まで待てない』でデビューしましたが、ゴールデン・カップス同様他のGSと同じカテゴリーではないバンドです。GSブームが去った後に本格的に活躍したした数少ないバンドでは。 『月光仮面』は森進一が『おふくろさん』の歌詞を勝手に変えて歌ったことに激怒したという川内康範が作詞した作品です。但しパロディ版で原曲の面影は全くありません。曲調は全編コッテコテのブルース(これが買った動機です)で歌詞だけが原曲と同じです。そしてヴォーカルは鈴木ヒロミツではなく星勝がとっています。途中にセリフが入るんですが、それが月光仮面と通訳(鈴木ヒロミツ)との会話で、なんとも面白おかしくてこれがヒットした要因の一つかなあなんて思いました。そんな月光仮面ですが、今思えば当時なんで川内康範からクレームがつかなかったのか不思議でなりません。 B面の『アジャ』は別れの時に言う言葉ですので、『サヨーナラ』です。ちなみにA面のセリフの最後にも『ソダラバ アジャ』と言っていますが、翻訳すると『それではさようなら』ですかねえ。2010.01.17 |
シャープ・ホークス
ついておいで/キュン!キュン!キュン!(1966)
![]() |
このバンドはまだGSブームが全盛期を迎える前にこのレコードでデビューしています。テレビでリアルタイムに見た方は店長と同じ年齢かそれ以上だと思います。2枚目の『遠い渚』なら知っている方も多いのでは。 これもGSとはちょっとカテゴリーが違う4人組コーラス・グループとでも言いましょうか、事実プロダクションの社長がプラターズやドリフターズ(お笑いのではありません)を意識して結成を持ちかけたという話です。 メンバーの中には今でも俳優業みたい?なことやっている安岡力也がいました。彼のインパクトは何かにつけてすごいところがありますよねえ。一時期お笑いの世界にも足を踏み入れたことがあります。ホタテマンって皆さん知ってますか? このグループには専属のバック・バンドがいてその名を井上宗孝とシャープ・ファイヴといいます。クリアでソリッドなサウンドで店長も大好きでした。そのギタリストは三根信宏といいディック三根の息子ということで当時騒がれていました。 シャープ・ファイヴがレコード会社を移籍したためバックを努められなくなり、シャープ・ホークスは演奏しながら歌う他のGSと同じスタイルで活動しますが69年に解散しています。2010.01.17 |
五つの赤い風船
血まみれの鳩/まるで洪水のように(1968)
![]() |
申し訳ありませんが、このレコードがなぜ当店内にあるのかわかりません。多分推測ですが誰かが勝手に店内に放置していったものと考えます。従ってメロディも何もわかりません。 とりあえずこのグループについてですが、67結成~72年解散したフォーク・グループです。店長も名前だけは知っている西岡たかしがリーダーみたいです。 あっ思い出した!『遠い世界に』は店長もギターを奏でながら歌ったりしたことがありますが、この曲ってシングル盤出ていないんですねえ。2010.01.17 |
Jazz
チャーリー・マリアーノ&渡辺貞夫
カミン・ホーム・ベイビー(Comin' Home Baby)/黒いオルフェ(Black Orpheus)
![]() |
カミン・ホーム・ベイビー・・・この曲はもう30年以上聞いたことがありません(ミュージシャンを問わず)。出会いはヴェンチャーズのカヴァーでしたが、大好きな1曲でした。当時ジャズなんて全くの未知数だった店長ですが、ラジオかなんかでハービーマンのを聞いたら『うーーン』これがジャズというものかとわかったような、わからないような???でもいまライナーを読んだらベーシストのベン・カッター(ロン・カーターなら知ってるけど)が60年に書いたブルースと書いてありました。店長はヴェンチャーズが奏るとロックに聞こえました。で、なんでこの二人のレコードを買ったんだろう?ナベサダは知ってましたがチャーリー・マリアーノなんて聞いたこともありませんでした。 黒いオルフェは同名のフランス映画の主題曲ですが、映画は見たことがありません。出演俳優は全て黒人だそうです。 あまり書くことがないのでサポート・メンバーを紹介します。 菊池雅章 / ピアノ 原田政長 / ベース 富樫雅彦 / ドラム ナベサダとチャーリーはジャケット見ればわかりますよね。67年録音です。201.01.24 |
アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズ
モーニン(Moanin')/ブルース・マーチ(Blues March)
![]() |
このレコードは昔ジャズにチョット詳しい知人に『初心者にもわかるこれがジャズだという曲はないの?』と聞いたら『聖者の行進』と答えました。しかし店長はこの時初めて『聖者の行進』がジャズであることを知ったにもかかわらず、それはあまりにもスタンダードでポピュラー過ぎるから玄人受けする素人向きのジャズと、なんだか訳のわからない注文を付けた記憶があります。で『モーニン』に決まったわけですが、レコードを聴くときはこれがジャズなんだと自分自身で洗脳しながら聴きました。聞き慣れてくると結構味が出てくるではありませんか(この曲に限ってですが)。この曲は1958年に出したアルバムに収録されています。店長が5歳の時ですねえ。ちなみに90年に71歳でなくなっています。 B面の『ブルース・マーチ』ですが、マーチング・バンドがよく奏るリズムでジャズってますが、ブルースは関係ないと思います。 とりあえずこの2曲は彼の代表作でコンサートでは必ず奏るそうです。またこのレコードはパリのオリンピア劇場での"現地録音"(死語)で何年かは書いていませんでした。2010.01.24 |
Beatles Black GS Jazz Monkees Movie Rock Rolling Stones Ventures Etc
A面 夕陽のガンマン(Per Qualche Dollaro In Piu)/続・荒野の用心棒(Django)
B面 荒野の用心棒(Per Un Pugno Dollari)/荒野の1ドル銀貨(Un Dollaro Bucato)
![]() |
ご存じマカロニ・ウエスタンです。店長が映画館で初めて洋画を観たのが『荒野の用心棒』です。それは確か中学1年の時だったと思います。観るきっかけは忘れましたが、主演のクリント・イーストウッドは毎週欠かさず観ていたTVドラマ『ローハイド』で準主役のロディ役をやっていたので親近感があり、そこんところがちょっと興味がありました。あの口笛(さすらいの口笛)は忘れられません。 続・荒野の用心棒でフランコ・ネロ扮するジャンゴもまたすごかったですねえ。この曲を北島三郎が歌った『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』を観ましたがつまらなかったです。 『夕陽のガンマン』ではイーストウッドの俳優の地位を不動のものにした映画ではないでしょうか。 『荒野の1ドル銀貨』は胸ポケットに入れた銀貨が弾丸から命を救ったというありがちな話ですが、この邦題がなかったら意味をなさないでしょう。 演奏は4曲ともオリジナルではなくモーリス・リクレール楽団という映画 『ある晴れた朝突然に』の主題歌をヒットさせています。2010.01.30 |
続・夕陽のガンマン<地獄の決闘>(The Good, The Bad And The Ugly)/夕陽のガンマン(For A Few Dallars More)
![]() |
原題は英題になっていますが訳せば『良いやつ、悪いやつ、醜いやつ』。ですから用心棒もガンマンも続編と前作は全くつながりがなく別物です。ただガンマンの曲の方は口笛あり、カズーありでメロディもちょっと似ていて続編という感じがします。 『夕陽のガンマン』も『続・夕陽のガンマン』もオリジナル・サウンド・トラックはエンニオ・モリコーネ楽団(イタリア)で数多くの映画音楽をヒットさせています。 B面の方はオリジナル・サウンド・トラックではなく、アル・カイオラというギター弾きです。この人はあのTVドラマ『ボナンザ』のテーマ曲を弾いていた人ですよ。 ちなみに子供の頃よく見ていた西部劇を羅列します。ローハイド(じいさんの役名はウイッシュボーン)、ボナンザ(カートライト兄弟)、ライフルマン(主人公ルーカス・マッケイン役のチャック・コナーズ)、拳銃無宿(スティーヴ・マックイーン・・・これって西部劇だったっけ?)、シャイアン(クリント・ウォーカー)、ブロンコ(タイ・ハーデン)この2番組は後に一週間交替で放映されました。ローン・レンジャー(ハイヨー・シルバー!!シルバーって白馬の名前)、そして最後にララミー牧場(エンディングで淀川さんがサヨナラ・サヨナラと・・・・)かな。2010.01.30 |
真昼の用心棒(Back Home ,Someday)/テレーザ(Teresa)
![]() |
用心棒シリーズ第3作目。ジャンゴで主役を張ったあのフランコ・ネロが舞い戻ってきた感じです。とにかくこのマカロニ・ウエスタンは流行りましたねえ。店長は映画の中身もそうですが、やはり主題歌がとてもよく人気に拍車をかけたのではないかと思います。このブームは何年くらい続いたのかなあ? いつもお世話になっているYou Tubeさんですが、今回はまるごと主題歌が収録されたモノはアップされていませんでした。 主題歌とB面を歌っているのはセルジョ・エンドリゴという歌手です。2010.01.30 |
南から来た用心棒(Arizona Colt)/Tema Di Arizona
![]() |
とにかく日本の邦題を付ける方はシリーズものにするのがお好きなようですが、原題はわかりやすいありがちな名前になっています。当時映画を観たときにこの『南から来た』を特定するシーンは無かったように記憶しています。 あっそうそうジュリアーノ・ジェンマは最近どうしているんでしょうねえ?『荒野の1ドル銀貨』が主演デビュー作でその時はモンゴメリー・ウッドという名前でしたね。 唄はラオールという歌手が歌っているんですが、店長はこの人知りません。声質はなんかオペラでも歌う感じなんですが、やはり店長好みの哀愁をおびた旋律はたまりません。 B面のタイトルですが邦題がありませんでした。ライナーによるとクレジット・タイトルに流れるこの映画の主題旋律とありますが、じゃあラオールの歌っているのはなんなんだ??2010.01.30 |
皆殺し無頼(Johnny Yuma)/演奏
![]() |
店長が観たマカロニ・ウエスタンのストーリーはほぼ全て忘れましたが、この映画は完璧に忘れなおかつ主題歌のメロディも出てきません。歌っているのはワイルダー・ブラザースといグループです。なんとかメロディを思い出そうとYou
Tubeで検索してもダメでした。 根性でなんか無いかなあと色々探っていたらありました。とはいっても短時間しか聴けない無料視聴です。しかもオリジナルではなく映画音楽大全集でイージーリスニング的なサウンドでした。本物はもっと西部劇っぽいサウンドですよ。でもメロディを思い出させてくれましたのでとりあえずヨシとしましょう。 B面はただ演奏と書かれていましたが、これはラストの決闘シーンで流れるサウンドです。2010.01.30 |
OO7は二度死ぬ(You Only Live Twice)/ジェイムズ・ボンドのテーマ(The James Bond Theme))
![]() |
シリーズ物の本家本元は007かなあ?この映画はシリーズ第5弾で世界中を股にかけてボンド・ガール達と熱愛に落ちる(ウソ)映画です。本作は日本が舞台(確か阿蘇山の噴火口)となって話題を呼びました。尚かつ日本人の俳優も多数出演しました。今は亡きキーハンターの霊媒師?
丹波哲郎、グラマー女優 浜美枝などです。 この映画の主題歌は店長の好きなナンシー・シナトラが歌っていましたが曲自体はあまり好きではありませんでした。B面のジェームズ・ボンドのテーマが好きだったんで買った記憶があります。 このシリーズも最近は主演男優が入れ替わり立ち替わりで続いているようですが、最新作『慰めの報酬』は観ましたよ。2010.01.30 |
枯葉の街(Mots D'Amour)/枯葉のテーマ(Le Cafard)
![]() |
このレコードはなんで持っているのか検討がつきません。なんかこんなのばっかりですいません。ジャケットが無いので手書きの自作です。 この映画は1968年に公開されたフランスとイタリアの合作です。主演はミレーユ・ダルクという女優で名前だけは知っているが今生きているのかなあ。 レーベルには『見本品』『非売品』と印刷されています。どうやって手に入れたんだろう。 曲情報としては自分自身には皆無です。調べると69年に由紀さおりさんがカヴァーしてますねえ。とりあえずそれを試聴してください。2010.01.30 |
Black(黒人アーティスト)
Percy Sledge(パーシー・スレッジ)
男が女を愛する時(When a Man Loves a Woman)/カヴァー・ミー(Cover Me)
![]() |
パーシー・スレッジは1941年アラバマ州で生まれました。61年からプロ歌手としてスタートしますが、それだけでは飯が食えず病院の用務員をしていました。その病院の患者にたまたまレコード関係の人がいて、それがきっかけで『男が女を愛する時』をレコーディングしたのが66年です。発売後わずか一ヶ月でBB・CB両誌で1位となりミリオン・セラーを記録しました(最近聞かなくなりましたがBBとはビルボード誌、CBとはキャッシュ・ボックス誌という音楽雑誌です)。またこの曲はその年のR&B第一位にも選ばれています。 その後もコンスタントにヒットを放っていますが、プレスリーで有名な『ラヴ・ミー・テンダー』も彼はヒットさせています(どちらがカバーなのかわかりませんが)。 エスター・フィリップスという女性黒人歌手がいますが、彼女は『女が男を愛する時』~When a Woman Loves a Man~と変えてヒットさせています。 ライヴ・テイクはこちらとこちら。2010.02.07 |
Ray Charles(レイ・チャールズ)
アンチェイン・マイ・ハート(Unchain My Heart)/旅立てジャック(Hit The Road Jack)
![]() |
レイ・チャールズは1930年ジョージア州で生まれました。6歳の頃緑内障のために失明し盲学校へ通いながらピアノを学びます。その後シアトルに移り47年頃クインシー・ジョーンズと出会います。1959年『ホワット・アイ・セイ』が大ヒットとなり人気を不動の物にしました。その後も数々のヒット曲を生み出していますが、晩年には『We
Are The World(1985)』にも参加しています。そして2004年には彼の伝記映画『Ray』がクランク・インしたが、残念ながらその年の6月に肝臓病で死去したため本人はこの完成した映画を観ていません。店長はこの映画を観ましたが若い頃麻薬にはまっていたことを初めて知りました。 『アンチェイン・マイ・ハート』は62年、『旅立てジャック』は61年のヒット曲です。ところでこの『旅立てジャック』はwikiでは『がんばれジャック』なっていましたがなんか変だなあ? このレコードは1966年発売で370円です。 You Tubeさんには彼の動画『アンチェイン・マイ・ハート』はありませんでしたが、Tribute Concertみたいなのがありましたのでどうぞ。『旅立てジャック』は昔のと1981年のライヴがありました。2010.02.07 |
Sam & Dave(サム アンド デイヴ)
ホールド・オン(Hold On, I'm Comin')/ソウル・マン(Soul Man)
![]() |
このデュオ・グループは1961年マイアミで結成され、当時のエキサイティングなステージぶりからダブル・ダイナマイトとも呼ばれていました。70年代に入るとその人気も忘れられ2人の仲の悪さも手伝って70年代後期には自然消滅したみたいです。 彼らのシャウトする歌唱力は日本人には真似の出来ない分野だと思っていましたが、昔TV番組(確かミュージック・フィアだったと思うが・・・・・彼らがゲストで出演)で和田アキ子が『ホールド・オン』を歌っていたのを聴いて『ウマイ!!』と思いましたねえ。 1992年にはロックの殿堂入りも果たしているが、彼らには25年以上の活動キャリアがあるのかなあ? 『ホールド・オン』は66年のヒット曲で当時GSのフィナーレといえばこの曲を奏っていましたねえ。『ソウル・マン』は『ホールド・オン』以上のセールスを記録した68年のヒット曲です。2010.02.07 |
Diana Ross & The Supremes(ダイアナ・ロスとシュープリームス)
ラヴ・チャイルド(Love Child)/幸せがくる日(Will This Be The Day)
![]() |
この黒人女性ヴォーカル・トリオは1959年に結成されている。結成当初は4人組だったが、61年からメンバーの一人が抜けトリオとなっています。64年シングル『Where
Did Our Love Go?(邦題:愛はどこへ行ったの)』が全米ナンバーワンとなり一躍有名になりました。 グループ名が『ダイアナ・ロスと・・・・・・』になったのは67年からで69年にダイアナはソロに転向しています。その後もメンバーの移動は結構あったみたいで77年のロンドンでのコンサートがシュープリームスの最後と言われています。なお86年には途中からメンバーになった3人が再結成するが、オリジナル・メンバーが一人もいないと言うことで当局からは認められていないが活動は今も続いているそうです。 『ラヴ・チャイルド』は68年のヒット曲ですが、店長はこの曲を初めて聴いたとき速攻でレコードを買う気にさせられました。 Supremesの表記だが最近はスプリームスに変わっているそうです。店長はこのレコードを手にする前は『シュークリームス』だと思っていました。コレホント。それからこのグループから連想するのはやはりバニラ・ファッジがカバーで大ヒットさせた『You Keep Me Hangin' On』でしょう。オリジナルを聴いたときは『ええーーーこんな曲だったのーーー』とバニラ・ファッジのアレンジ力に驚いたことがありました。2010.02.07 |
Sly & Family Stone(スライとファミリー・ストーン)
A面 エヴリディ・ピープル(Everyday People)/スタンド!(Stand!)
B面 アイ・ウォント・トゥ・テイク・ユー・ハイヤー(I Want To Take You Higher)/シング・ア・シンプル・ソング(Sing A Simple Song)
![]() |
スライ・ストーンが中心となって1967年に結成されています。白人・黒人・男・女が入り混じってのメンバー構成で彼らのサウンドはファンキー・ミュージックとかファンク・ロックとか呼ばれていました。 1969年にはウッドストック・フェスティバルにも出演していますが、そのころスライは麻薬中毒に侵されていて、その影響で人格に支障が出始め妄想に取り憑かれたり銃を振り回したりして何度も逮捕されているそうです。そのうちバンドもバラバラ状態になり75年のコンサートでは観客席がガラガラでこれを機に活動を停止しました。 このレコードの4曲はいずれもアルバム『Stand!』に収録されていて、ジャケット・デザインもこのコンパクト盤と同じです。 『I Want To Take You Higher』ですが、昨年2月にクラプトンとベックのジョイント・コンサートを見に行きましたが、そこでこの曲を奏ったのにはビックリしました。2010.02.07 |
5th Dimension(フィフス デメンション)
輝く星座(Aquarious/Let The Sunshine In)/マジック・ガーデン(The Magic Garden)
![]() |
男性3人女性2人のコーラス・グループで1965年に結成されています。黒人特有のソウルに拘らず多才なレパートリーを持つコーラス・グループというのが売りでしたが、モータウンのオーディションを受けるが不合格となり、レイ・チャールズ等の前座を務めていました。 プロデューサーは彼らを黒人ヴァージョンのママス&パパスに仕立てようとイメージ戦略を図ったところ成功したという黒人としては一風変わったグループです。 1967年には『Up, Up And Away(邦題:ビートでジャンプ)』が大ヒットとなり、、グラミー賞の最優秀レコード賞等4部門を受賞しています。 この『Aquarious/Let The Sunshine In』はミュージカル『ヘアー』の最初と最後の曲をくっつけたものですばらしいハーモニーが聴けます。この曲で再びグラミー賞最優秀レコード賞を1969年に受賞しています。余計なことだが店長の星座も水瓶座です。 以上6枚の黒人アーティストのレコードですが、黒人だからどうのこうのではなく店長好みの楽曲がたまた黒人が歌っていたと言うことです。2010.02.07 |
スウィンギン・クリーパー(The Swingin' Creeper)/ペダル・プッシャー(Pedal Pusher)1965
![]() |
このレコードも多分質流れ品です。ジャケット・コンディションのしわくちゃな様子がうかがえると思います。 ヴェンチャーズのバイオに関してはここを参照してください。どっかのページにも書いてありますが、高校生の頃バンド活動をしていましたが、その時は生意気にもクリームなんかのコピーをしていましたが、そもそもギターを弾き始めたのは中学生でもっぱらヴェンチャーズのコピーばっかりでした。 彼らの往年のヒット曲でアパッチやウォーク・ドント・ランなんか奏っていたんですが、そういうレコードは持っていませんでした。でもコピーは完璧でした。友達が持っていたんでしょうね。 この『スウィンギン・クリーパー』はリバーブをかけ過ぎるくらいかけたお得意のヴェンチャーズ・サウンドです。『ペダル・プッシャー』の方はこちらをA面にした方がいいくらい好きな一曲です。 ところでYou-Tubeで捜し物をしていたらとんでもない動画を発見しました。超々珍しいあり得ない物です。なんとヴェンチャーズとリック・デリンジャーの共演です。曲はチャック・ベリーの『メンフィス』です。画質はよくありませんがまさに感動モノです。2010.02.14 |
A面 パラダイス・ア・ゴー・ゴー(Ten Seconds To Heaven)/若さでゴー・ゴー(Go Go Slow)1966
B面 ウーリー・ブリー(Wooly Bully)/ホイッチャー通りでゴー・ゴー(Whittier Blvd)
![]() |
『パラダイス・ア・ゴー・ゴー』はイントロが『パイプ・ライン』にそっくりです。まあ彼らのナンバーには似たようなフレーズで構成されている曲が沢山ありますよね。 『若さでゴー・ゴー』は誰かが昔歌っていたようなどこかで聴いたことのあるようなそんな曲では。『ウーリー・ブーリー』はサム・ザ・シャムとファラオスというグループが1965年にヒットさせていて、オリジナルの方はここです。2010.02.14 |
秘密諜報員(Secret Agent Man)/007-0011(007-0011)1966
![]() |
ベンチャーズの初めて買ったレコードがこれです。店長のレパートリーの一曲でもありましたが、サウンドがどうもレコードのようにはなりませんでした。それはあの太っいベース音が再現できませんでした。当時はベースだからデカイアンプを用意するというようなことは財政的に無理でした。 この曲は通常のギターの音域を超えた音を出す部分があります。6弦の開放弦より低い音です。ライヴ映像を見るとその謎が解けました。ノーキーはこの音を出すときに6弦のペグをゆるめてすかさず元に戻す奏法をしていました。さすが。 『007-0011』はこれも得意なレパートリーでした。0011って知ってますよね。ロバート・ボーンとデヴィット・マッカラムが主演のTVスパイドラマ『ナポレオン・ソロ』というのがあったんですが、その認識番号みたいなのが0011だったんです。ちなみにその組織の名前を『アンクル』といって長ったらしい名前の頭文字をとったものです。なおYou-Tubeの方はオリジナルがなかったので素人さんで我慢してください。2010.02.14 |
アウト・オブ・リミッツ(Out Of Limits)/ペネトレーション(Penetration)1966
![]() |
またもや手作りジャケットです。本当にへたくそな字だなあ。『世にも奇妙な物語』というTVドラマで最初に流れてくる音楽は『アウト・オブ・リミッツ』のイントロのパクリでしょう。 2曲ともキーボードあるいはシンセを使っているのでライヴではイマイチノリが伝わってこないナンバーですですが、スタ録では両方とも好きな曲です。2010.02.14 |
エスケープ(Escape)/ゴー(Go)1966
![]() |
ヴェンチャーズの2枚目に買ったレコードがこれです。『エスケープ』はイントロが『ダイヤモンド・ヘッド』にそっくりです。それもそのはず作曲者は『ダイヤモンド・ヘッド』を書いた人と同じでT-ボーンズのダニー・ハミルトンです。T-ボーンズはその後ハミルトン, ジョー・フランク&レイノルズという名前に変えて活動しました。知ってる人は知ってると思いますが一曲ヒットを飛ばしましたよねえ・・・曲名は忘れましたが。 この曲はモズライト特有のベタベタ感のあるギターの音色で当時最高に痺れましたねえ。 ヴェンチャーズの動画は色々と見ましたがこの曲を取り上げたライヴは一度も観たことがありません。ステージで奏ったことがあるんですかねえ。 『Go』はアッチコッチ検索しましたが、見つかりませんでした。結構ノリのいい曲ですよ。2010.02.14 |
ワイルドで行こう(Fuzzy And Wild)/ワイルド・アンド・ウーリー(Wild And Wooly)1966
![]() |
まず『ワイルドで行こう』はステッペン・ウルフの『Born To Be Wild』ではないことを言っておきます。原題『Fuzzy And Wild』のとおりエフェクターにファズ・トーンを思いっきり使って荒々しく表現しています。店長も中学の時ファズ・マスターを購入しましたが、この曲のためではなくなんかカッコ良かったので色んな曲に勝手に使ったりしていました。 B面の『ワイルド・アンド・ウーリー』はこれまたT-ボーンズのダニー・ハミルトンのオリジナルです。アップ・テンポのブルージーな曲でYou-Tubeの方は2008年シカゴでのライヴですが、リード・ギターは最近知った5人目のヴェンチャーズと言われているボブ・スポルディングです。この人はリード・ギターの他にベースをやったりリズム・ギターをやったりでかなり重宝がられているようです。2010.02.15 |
A面 太陽の街(Mod East)/暁の空中戦(Snoopy VS The Red Baron)1967
B面 アイム・ア・ビリーバー(I'm A Believer)/ワック・ワック・ソング(Wack Wack)
![]() |
『太陽の街』はエレキ・シタールをフィーチャーしたオリエンタルっぽいナンバーです。これも音源を探しまくったんですが、結局AMGさんのところで試聴可能でした。 『暁の空中戦』オリジナルは1966年にロイヤル・ガーズメン(Royal Guardsmen)という6人組のグループがヒットさせています。当時ラジオなどではロイヤル・ガードマンと呼んでいたと思うが・・・・・・。 『アイム・ア・ビリーバー』はご存じモンキーズの大ヒット曲です。この作曲者は知る人ぞ知るあのニール・ダイアモンドという方です。 『ワック・ワック・ソング』はヴェンチャーズとしては珍しいピアノとウッド・ベースをフィーチャーしたジャズっぽいサウンドです。 ライナーにこんなことが書かれていました。・・・・最近インドネシアで2週間にわたる公演を終えたが、これはこの国最初のロック・グループの公演であった・・・・・・。ちなみにレコード・デビューしてから今年でちょうど50年です。2010.02.21 |
北国の青い空(Hokkaido Skies)/東京ナイト(Tokyo Night)1967
![]() |
『北国の青い空』はエレキでなんぼのヴェンチャーズがまさかまさかのアコギに走ってしまった最悪の楽曲がこれです。しかし奥村チヨさんに歌わして大ヒットするのですからヴェンチャーズはすごいですよねえ。店長が中学生時代に生で見た時はちょうどこの曲をリリースした後だったので奏りましたが、アコギではなくエレキでした。ジェリー・マギーがアコギで奏っているのがありましたのでこちらをどうぞ。・・・・・このレコードも自分で買った記憶がありませーーん。 『東京ナイト』は和泉雅子・山内賢が『二人の銀座』に続いてヒットさせています。その他にも欧陽菲菲とか色んな歌手に曲を提供していましたねえ。今はそういうことはしていないのかなあ?店長も昔はヴェンチャーズ通だったんですが、やはり欧米のロックを聴くようになってからは自然とヴェンチャーズの情報は遠のいてしまいました。2010.02.21 |
サイケデリック・ドリーム(Endless Dream)/バイブレーション(Vibration)1967
![]() |
サイケデリック=サイケは一時期流行語になったくらいです。原題は『Endless Dream』ですが、当時何かにつけてサイケ、サイケと言われていたのにかこつけて『サイケデリック・ドリーム』という邦題にしたのでは。曲名からして意味不明なサウンドを想像しますが、イントロがエレキ・シタールでメロディ・ラインはトレモロ・リバーヴを思いっきり使ったわかりやすい曲です。 『バイブレーション』ですが、どっちかっていうとこの曲の方がサイケ調です。イントロのベースが徐々にボリュームを上げて迫ってきます。この曲もコンサートでやってましたねえ。それではここで店長がヴェンチャーズのコンサートを見た時の話でもしますか。 確か中学2年の時だったと思いますが、会場は函館市の巴座という映画館でした。最近はどうかわかりませんが昔の映画館はだいたい銀幕の前はステージになっていました。友人が持っていた『ライヴ・イン・ジャパン(LP)』で聞き慣れていたあの司会者ですが、胡散臭いインチキ・マジシャンみたいな喋り方をするあの人はビン・コン・セプションという方です。 記憶に残っている曲はキャラバンを除いては『北国の青い空(12弦モズライトを使用)』やこの『バイブレーション』です。キャラバンでベースの弦をドラムのスティックで叩く奏法ですが、この時に見たメロディと現在もほとんど変わっていないのが驚きです。 この時店長が撮影した写真をお見せしましょう。沢山あったのですが二枚しか見つかりませんでした。 |
堂々と平気で写していましたが、この当時はあまりうるさくなかったのかなあ?それともヴェンチャーズは特例かな・・・・今でも。2010.02.28
![]() |
![]() |
エル・グレコ(EL Greco)/エンドレス・サマーのテーマ(Theme From Endless Summer)1967
![]() |
フラメンコ風のイントロで始まる『エル・グレコ』も店長好みのナンバーです。これもレパートリーに付け加えたい1曲でしたが、このころはヴェンチャーズから足を洗う時期にさしかかっていました。 このレコードのラーナーには『一時はレコード売り上げ、人気共にビートルズおもリードしていたヴェンチャーズですが、最近では歓声を上げて騒ぐような対象ではなくなってきています。・・・・・・エレキの神様と云われたヴェンチャーズですが、一層神様に近づいたといえるかもしれません』とありました。 B面の曲は映画『エンドレス・サマー』の主題曲のカバーです。この映画はサーフィンを題材にドキュメンタリー・タッチで描かれたモノです。曲の方はアコースティックのイントロからスロー・テンポの美しいメロディが漂います。2010.02.28 |
恋の散歩道(On The Road)/ハッピー・トゥゲザー(Happy Together)1968
![]() |
『恋の散歩道』は店長の趣味ではありません。これは明らかに失敗作と当時思いました。今思えばジャケット・デザインからも判断できたかも?この曲はアメリカの製薬会社がある薬のCMソングとしてヒットさせたそうです。ちなみにT-ボーンズの『ビートでOK』もこの薬のCMソングだそうです。 B面の『ハッピー・トゥゲザー』はアメリカのタートルズという6人組のグループが1967年に大ヒットさせた曲です。でも69年既に解散しています。 それから今世間を騒がしているトヨタだが、この曲は2006年に海外でトヨタ自動車のCMに使われていたようです。 ここでまたまたライナーより『60年代のナンバーワン・ヴォーカル・グループがビートルズなら、ギターにドラムスという単純な編成の中ではヴェンチャーズはナンバーワン・インストルメンタル・グループと云えるでしょう。』2010.02.28 |
ボンベイ・ダック(Bombay Duck)/ブラック・サンド・ビーチ(Black Sand Beach)1968
![]() |
『ボンベイ・ダック』は67年にシャドウズがヒットさせていますが、作曲者はジャズ評論家でもある本多俊夫という日本人です。そのせいかメロディが何となくオリエンタルに聞こえます。TUBEさんの方はヴェンチャーズがなかったのでシャドウズの方を聴いてください。 『ブラック・サンド・ビーチ』はご存じランチャーズの曲で(弾厚作)、ヒットしたかどうかはわかりませんが個人的には好きな曲です。加山雄三を聴きたい方はこちらをどうぞ。2010.02.28 |
サマー・タイム・ブルース(Summertime Blues)/フライト・オブ・ファンタジー(Frights Of Fantasy)1968
![]() |
ヴェンチャーズはご承知の通り1960年『急がば回れ』の大ヒットでデビューして以来、ロックン・ロール、ツイスト、サーフィン、ゴー・ゴー、サイケデリックとその時代に沿ったジャンルをアルバム化してきましたが、この2曲は『ソウル』をテーマにしたアルバム『ソウルフル・ヴェンチャーズ』からシングル・カットされた曲です。 『サマー・タイム・ブルース』は白人ロックン・ローラーのエディ・コクランが1958年にヒットさせた曲ですが、カバーとしては『フー』の方が知られていると思います。その他に『カモン・エヴリバディ(UFOがカバー』など多数のヒットがあります。 『フライト・オブ・ファンタジー』は曲名通りファンタスティックなサウンドですねえ。2曲ともファズ・マスターでエフェクトさせています。2010.02.28 |
京都の恋(Kyoto Doll)/この道を歩こう(On A Narrow Street)1970
![]() |
この『京都の恋』の前に大ヒットした『ハワイ・ファイヴ・オー』時代からリード・ギターがジェリー・マギーに変わっています。しかもこのジャケットを見て気がついたんですがキーボード奏者が正式メンバーになっていますねえ。自分はジェリー・マギーに変わってからのレコードは持ってないとずーっと思っていたんですが・・・・。マイッカ。『京都の恋』はヴェンチャーズ・ナンバー最後のレパートリーとなった曲です。この曲だけは歌にしてほしくなかったです。 ジェリー・マギーは元々スタジオ・ミュージシャンで色んなアーティストと共演しているが、その中でも特筆すべきはデラニー&ボニーを離れた後釜にあのクラプトンが入り、ジェリーの在籍時に残したサウンドを聴いて非常に感銘を受けたそうです。 TUBEでジェリーの個人的にUPしたと思われる動画を見つけましたのでどうぞ。 『この道を歩こう』に関してはメロディも記憶になく音源も見つかりませんでした。2010.02.28 |
無敵艦隊(Spanish Armada)/バン・バン・リズム(Bang Bang Rhythm)1966
![]() |
ヴェンチャーズといえばリバティだがこのレコードはワーナー・ブラザースです。彼はヴェンチャーズとしてリバティと契約しているが、個人としてはワーナーと契約していたそうです。ですからこのソロ名義のレコードはワーナーから出ていると云うことです。 そんなことはどうでもよいのだが、『無敵艦隊』という邦題の意味がわからないが曲としてはGoodですねえ。これもオリジナルの音源がありませんでしたのでDuane Eddy And The Ventures - Spanish Armadaを聴いてください。オリジナルはドラムも力強く、もっと迫力があります。2010.02.28 |
Beatles Black GS Jazz Monkees Movie Rock Rolling Stones Ventures Etc
Rock
※ロックと呼べないモノも有りますが勘弁してください。
Righteous Brothers(ライチャス・ブラザース)
アンチェンド・メロディ(Unchained Melody)/ひき潮(Ebb Tide)
![]() |
ライチャス・ブラザーズは、1962年アメリカでビル・メドレーとボビー・ハットフィールドの2人が結成しデュオで、キャッチ・コピーは『ブルー・アイド・ソウルの王者』です。音域が広く、幅広い声域で聴く人を引きつけます。 『アンチェンド・メロディ』は彼らのオリジナルと思っていましたがライナーを読むと違っていました。もともと1955年の映画『アンチェンド』の主題歌としてアル・ビブラーがヒットさせています。それを65年にカバーとしてリヴァイヴァル・ヒットさせたモノです。それから1990年公開の映画『ゴースト/ニューヨークの幻』にこの曲が使われ再々度ヒットしましたねえ。この曲はバンド時代小生がヴォーカルを担当させてもらった唯一のナンバーです。ちなみにB面もカバーです。 TUBEさんの動画には一人しか出てきませんがどうしたのでしょう。201003.06 |
Colleen Lovett(コリーン・ラベット)
帰らぬ少年兵(Freckle-Faced Soldier)/恋する少年兵(Wait For Me Sue)
![]() |
66年日本でちょこっとヒットした曲です。当時の背景がベトナム戦争真っ盛りでいわば反戦歌ですがアメリカでは全く受けなかったみたいです。曲全体の半分以上が彼女の語りで当時としては異色な曲でした。 なおこのレコードはゴールデン・カップリング・シリーズとしてリリースされたリイシュー盤で初版ではありません。2010.03.6 |
Shangri-Las(シャングリラス)
家へは帰れない(I Can Never Go Home Any More)/ブルドッグ(Bull Dog)
![]() |
シャングリラスは白人女性4人(マリアン、マージ、ベティ、マリー)のニューヨーク出身のヴォーカル・グループです。結成は1963年に結成したが、66年にメンバーの不幸も重なり解散しています。 『家へは帰れない』をラジオで初めて聴いたときはシュープリームスのような黒人ヴォーカル・グループだと思っていましたが、レコードを手にして白人だと初めて知りました。この曲もまた曲中で語りが入ります。別に店長は語りが好きなわけではありません。2010.03.06 |
Animals(アニマルズ)
A面 朝日の当たる家(The House Of The Rising Sun)/アイム・クライング(I'm Crying)
B面 ブーン・ブーン(Boom Boom)/悲しき願い(Don't Let Me Be Misunderstood)
![]() |
63年に『Baby Let Me Take You Home』というボブ・ディランのカバーでデビューしますが、第2弾の『朝日の当たる家』が64年に大爆発し、全米ヒット・パレードで1位の座を獲得しています。 もともとこの曲は古くから歌われてきた民謡(トラディショナル・ソング)をアラン・プライスがアレンジし、この世に送り出した曲です。『The House Of Rising Sun』というタイトルでレコード化、CD化、あるいはステージのみでカバーしているアーティストは店長が調べただけでも200組以上ありました。音源もありますのでいつか『朝日の当たる家コーナー』をUPしたいと思っています。 『ブーン・ブーン』は例のスパイダースがエリック・バードンに大目玉を食らった曲です。『悲しき願い』は65年にヒットした曲で原題を翻訳すると『誤解させないでくれ』という意味だそうですが、この曲を昔尾藤イサオがカバーし大ヒットしましたねえ。2010.03.06 |
シー・シー・ライダー(See See Rider)/ヘルプ・ミー・ガール(Help Me Girl)
![]() |
アニマルズについて少々。結成は1962年といいますから店長が9歳の時です。流石の店長もこの頃はロックには目覚めていませんでした。結成時のメンバーはアラン・プライス、チャス・チャンドラー、ジョン・スティールの3人でジャズを主体にクラブ等で活動していました。その後エリック・バードンとヒルトンヴァレンタインが加入し5人編成になりバンド名もアラン・プライス・コンボと名乗っていました。ある日クラブでR&Bを奏っていたら客席からAnimals!! という声があり、それがきっかけでアニマルズに改名したそうです。 さて『シー・シー・ライダー』だがオリジナル・メンバーがバードン一人となりバンド名もエリック・バードン&アニマルズとなっての新譜です。この曲もトラディショナルをアレンジしたカバーですが、『朝日の当たる家』同様原曲を聴いてみたいモノです。ライヴ映像はこちらです。 『ヘルプ・ミー・ガール』はミディアム・テンポのR&Bといったところでしょうか。A面よりこちらの方が店長好みですねえ。2010.03.06 |
Honeycombs(ハニーカムズ)
ハリケーン(Hurricane)/ミュージック・トレイン(Music Train)
![]() |
1963年リバプールで結成された5人組です。中でも紅一点のドラマー、ハニー・ラントリーは注目されました。64年にレコード・デビューし、立て続けにヒット曲を飛ばし、65年には来日も果たしています。このグループは元々インスト専門バンドではありません。この『ハリケーン』と『ミュージック・トレイン』のインスト・ナンバーは来日時エレキ・ブームの真っ最中という背景もあり、置き土産として残していったものです。作曲者はエミー・ジャクソンの『涙の太陽』を手がけた中島安敏氏で、レコーディングは赤坂の日本コロンビアの第一スタジオで延々数時間もかけて録音されたそうです。 メンバーはハニーの実兄でベースのジョン・ラントリー、リード・ギターのアラン・ウォード、リズム・ギターのマーティン・マレイ、そしてこのレコーディングでは出番がなかったヴォーカルのデニス・デールです。 このグループは活動期間が短く66年には解散状態となりますが、それぞれのメンバーは新グループ結成とかでしばらくは活動していたみたいです。 再結成のライブ映像(2008)が有りましたのでどうぞ(残念ながらハニー・ラントリーの姿は有りませんでした)。2010.03.14 |
Spotnicks(スプートニクス)
マロニエの散歩道(Suspicion)/ラ・パチャヤ(La Pachaya)
![]() |
スプートニクスといえば『霧のカレリア』を思い起こす人が多いでしょう。1959年結成といいますから随分古いですねえ。ベスト・アルバムを所有していますが、それ以外の曲はこのシングル盤しか知りません。 『マロニエの散歩道』(1967年の作品)は従来のスプトニクス・サウンドとはひと味違った重みのあるサウンドとなっています。 英題『Suspcion(サスピション)』は容疑・疑い・感づくこと・気づくこと・微量・気味・・・等の意味がありますが、邦題『マロニエの散歩道』とどうつながりがあるのか・・・・邦題担当者はイッタイどういう感覚をしているんでしょう。 ちなみにマロニエとはヨーロッパ各地の街路樹として有名です。。マロニエとはセイヨウトチノキのことで、日本でもよく植わっています。トチノキは「栃の木」と書き、その字のとおり栃木県の県木となっています。 現在メンバーはどうしているんでしょうねえ??『夢のオレンジ号』の動画が有りましたのでどうぞ。2010.03.14 |
1910 Fruitgum CO(1910フルーツガム・カンパニー)
スペシャル・デリヴァリー(Special Delivery)/ノー・グッド・アニー(No Good Annie)
![]() |
1910フルーツガム・カンパニーと下のオハイオ・エクスプレスはブッダ・サウンドの代表格です。この2枚のレコードも多分質流れ品だと思います。 『スペシャル・デリヴァリー』は聴けば思い出すくらいのセールスだったと思いますが、作者はトミー・ジェームスとシャンデルスのヒット曲『モニー・モニー』を書いたボー・ジェントリーとB・ブルームです。この時のメンバーは8人ですが、オリジナル・メンバーがマーク・ガトコウスキーただ一人となり『1910フルーツガム・カンパニー』というバンド名を使ったらダメという事件も起こったそうです。 フルーツガム・カンパニーといえばやはりサイモンセッズを筆頭に『インディアン・ギヴァー』や『ザ・トレイン』がヒット・パレードを賑わせたナンバーだと思います。 それから彼らを語るときに欠かせないのがアニメ『サザエさん』です。彼らの初ヒットとなった『 Bubble Gum World (1968)』は『サザエさん』の主題歌のパクリ元で有名です。聴けばわかると思いますが、イントロだけをパクッた感じでそれほど罪悪感は感じさせないでしょう。 2010.03.21 |
Ohio Express(オハイオ・エキスプレス)
カウボーイ・コンヴェンション(Cowboy Convention)/ザ・レース(The Race)
![]() |
このグループの最大のヒット曲は『ヤミー・ヤミー・ヤミー』でしょう。2008年のライヴ映像が有りましたのでどうぞ。当時の声質とほとんど変わっていませんねえ。 『カウボーイ・コンヴェンション』は1910の『インディアン・ギヴァー』をカウボーイで対抗しようと作られた曲です。出だしも曲調も『インディアン』に似ていますねえ。B面はインスト・ナンバーでレース・カーのエンジンを吹かす音をバックにザ・フーの『マイ・ジェネレーション』みたいなリフが続きます。 ところでこの二つのグループは固定メンバーは存在しなく、スタジオ・ミュージシャンが臨機応変に入れ替わる実態のないバンドでした。またそれぞれのヒット曲をカバーしあったり、何でもありのバンドがブッダ・サウンドを築いていたようです。2010.03.21 |
Beatles Black GS Jazz Monkees Movie Rock Rolling Stones Ventures Etc
ピーター ポール アンド マリー(Peter Paul & Mary)
虹と共に消えた恋(Gone The Raibow)/サンフランシスコ・ベイ・ブルース(Sanfancisco Bay Blues)
![]() |
♪シューシューシューラールー シューラーラクシャク シュラババクー♪英語の歌詞を見ずにヒアリングだけで憶えてしまいましたねえ。店長が中学生の文化祭の時(エレキ御法度の時代です)フォークなら奏っても良いと先生からお許しが出て、十数名の女子コーラス隊をバックに奏りました。あとジョーン・バエズの『勝利を我らに』も奏った記憶があるなあ・・・・。 このフォーク・グループはピーター・ヤーロー、ノエル・ポール・ストーキーそれと女性のマリー・トラヴァースのトリオで通称PPM(ピーピーエム)と呼ばれていました。 1962年にファースト・アルバム(500マイル、花はどこへ行った、天使のハンマー等が収録)をリリース。64年に初来日を果たし、その後も何回か来ていたようです。67年頃まではヒットメーカーとして君臨していたが、70年に解散しています。 昨年マリーは白血病のために72歳で亡くなったということです。2010.03.30 |
ママス・アンド・パパス(Mama's And Papa's)
夢のカリフォルニア(California Dreamin')/いかした娘(Somebooy Groovy)
![]() |
この曲も多く口にした曲です。フォークロックの走りとでも云いましょうか、フォークっぽいロックなのかロックっぽいフォークなのかわかりませんが・・・・? この曲は彼らのデビュー曲(1966年)で全米4位の大ヒットとなりました。2枚目のシングル『マンディ・マンディ』は1位まで昇ったということですが、店長はあまり好みではなかったです。『夢のカリフォルニア』と『マンディ・マンディ』がカップリングされたレコードも後に出ていますが、オリジナルはこれです。 このグループで誰が誰なのかというと・・・ジャケットの左端がジョン・フィリップス、右端が妻のミシェル・フィリップス、左から2番目がキャス・エリオット、3番目がデニー・ドハーティでフィリップス夫妻以外なんの親子関係もありません。しかし、ミシェルとデニー(このジャケットでは夫婦みたいですが)が不倫関係となり解散(68年)の原因にもなったようです。昔から不倫という言葉はあったのかなあ? フラワー・ムーブメントを代表するもう一曲と云えば『花のサンフランシスコ(スコット・マッケンジー)』でしょう。こちらもついでに聴いてください。 iいかした娘(Somedooy Groovy)のSomedooyだが店長が間違えたのではなく実際にジャケットに印刷された文字です。レコード・レーベルにはちゃんとSomebodyとありました。2010.04.03 |
ホリーズ(Hollies)
バス・ストップ(Bus Stop)/アイ・キャント・レット・ゴー(I Can't Let Go)
![]() |
ホリーズの誕生はグラハム・ナッシュとアラン・クラークが小学生の出会いから始まり、中学生の時には『Two Teens』というデュエットを結成し15歳の時マンチェスターにある有名なクラブに最年少歌手として出演しています。63年ビートルズのレコーディングで有名なアビー・ロード・スタジオで数多くのヒット曲をレコーディングをしますが、『バス・ストップ』は1966年のヒット曲で全米第1位になっています。 1968年にはグラハム・ナッシュが脱退し、例のCS&Nを結成します。この年に来日もしていますが、グラハム・ナッシュは在籍していたんでしょうかねえ?その後もメンバーが入れ替わり立ち替わりで十数名のアーティスト達が関わっています。 2010年にロックの殿堂入りも果たしていますのでバンド活動はまだ続いているんでしょうねえ。 昔のLIVE(クチパクみたいな気もするが)がありましたのでどうぞ。2010.04.03 |
アーチーズ(Archies)
シュガー・シュガー(Sugar Sugar)/メロディ・ヒル(Melody Hill)
![]() |
ライナーを読み返してみるとアーチーズはこの曲の前に『バン シャガ ラン』をヒットさせて第2のモンキーズといわれアメリカでセンセイショナルなデビューを飾ったとありましたが、店長はまったく記憶にありません。 『シュガー・シュガー』は1969年のヒット曲で全米第1位に輝いています。作曲したジェフ・バリーは『ハンキー・パンキー』『ビー・マイ・バイビー』など多数のヒット曲を書いているソング・ライター・アンド・プロデューサーです。 以下はネットで調べたんですが・・・・・《このアーチーズというグループ、TVアニメ「アーチーでなくちゃ」に出てくる男3人、女2人のアニメ上のグループ。つまりアニメとしてテレビ、レコードジャケットの中でのみ存在する架空のグループで、このレコードはスタジオ・ミュージシャンを集めてレコーディングをしたもの》・・・・という記事がありましたが、ライナーにはその辺全く書かれていませんでした。第2のモンキーズ云々があるのでこの記事の信憑性はかなり高いかも。こちらはそのアニメ版です。2010.04.03 |
ヒューマン・ベインズ(Human Beinz)
ノー・ノー・ノー(Nobody But Me)/スエノ(Sueno)
![]() |
オハイオ州出身の四人グループですが、66年にレコード・デビューしているがオリジナル曲は少なくディランやヤードバーズと幅広くカバー・レコードを出していました。68年『ノー・ノー・ノー』がヒットし全米8位まで昇り調子に乗ってアルバムをリリースするがセールスが伸びず解散しています。俗に言う一発屋ですね。 さてさてこのレコードのライナーも今読み返すと記憶にないことがあります。この『ノー・ノー・ノー』もカバーだったことを初めて知りました。 以下はラーナーです・・・・・・《ノー・ノー・ノーのオリジナルはツイスト・アンド・シャウトやリスペクタブルなどを作ってヒットさせた人物でその名は3人兄弟のR&Bグループ、ジ・アイレー・ブラザーズです。ご存じでしょう、とても有名なR&Bグループです。》・・・・・・アイレー????当時R&Bは雲の上でしたのでそのまま受け入れていたに違いありません。しかし、今読めばアイズレー・ブラザーズの間違いだとすぐ気づきました。オリジナルの方も聴いてみてください。The Isley Brothers 2010.04.03 |
ゾンビーズ(Zombies)
ふたりのシーズン(Time Of The Season)/フレンド・オブ・マイン(Friends Of Mine)
![]() |
『ふたりのシーズン』は1961年ロンドンで結成された5人組ゾンビーズが69年に放ったヒット曲です。64年にレコード・デビューしていますが、ファースト・シングルの『シーズ・ノット・ゼア』がイキナリ全米2位まで昇っています。その後もカーナビーツのカバーで有名な『好きさ・好きさ・好きさ』などをヒットさせています。 また『ふたりのシーズン』は彼等のアルバム『Odessey&Oracle(68年)』に収録されていますが、このアルバムがヒットせず解散に追い込まれます。しかし、敏腕プロデューサー、アル・クーパーの進言でシングル・カットされた『ふたりのシーズン』が大ヒットしますが、時既に遅しで再結成は実現しませんでした。 wikiでは61年結成とありますが、ライナーには63年と書かれています。また結成当時は4人組でしたがすぐにメンバー変更があり5人組となっています。最近では2004年に二人でゾンビーズ名義のアルバムを出して現在も活動中です。 ところで当時ゾンビーってどういう意味なのか知りませんでしたが(なんで調べようとしなかったのか自分に腹が立ちます)、ご存じ今では知らない人はいないあのホラーのゾンビです。2010.04.17 |
シェール(Cher)
悲しきジプシー(Gypsys, Tramps & Thieves)/あの人にはわからない(He'll Never Know)
![]() |
1971年のヒット曲(ヒットしたかどうかはわかりませんが、店長の大好きな曲です)です。このシェールという女性歌手はソニー・ボノという男性歌手と結婚し、ソニー&シェールという名でデビューしています。結婚前はロネッツのバック・コーラスをやっていたとかいないとか?66年に『バンバン』をヒットさせていますが、この曲がソニー&シェール時代なのか、ソロになってからなのかよくわかりません。ナンシー・シナトラもカバーしていますねえ。当店にあるベスト盤には残念ながら収録されていません。 本名はシェリリン・サーカシアン・ラ・ピエーと中近東風ですが、母親はチェロキー・インディアンの血を引いているというので生粋のアメリカ人(先住民)でしょう。 76年にグレッグ・オールマンと再婚していますが3年で破局。89年には元シカゴのヴォーカリスト、ピーター・セテラとのデュエットで『After All』をヒットさせています。 年齢は1946年生まれですので計算してください。現在もなお歌手と女優業で活動しているみたいです。Liveの方はこちらです。2010.04.17 |
オリジナル・キャスト(Original Caste)
天使の兵隊(One Tin Soldier)/明日に生きよう(Live For Tomorrow)
![]() |
オリジナル・キャストは1968年カナダのカルガリーで結成された5人組です。ライナーには『この天使の兵隊を歌っているオリジナル・キャストについては、未だニュースが着いていないのでくわしく分かりませんがリード・ヴォーカルは女性です』と平気で書いてありました。・・・ったく。またグループ名のCasteはCast(配役等の意味)ではなくインドのカースト制度のCasteだそうです。 『天使の兵隊』のすぐ後に出た『ミスター・マンデー』の方が記憶にある方が多いのでは。 70年、71年と来日していますが、その年に解散しています。2010.04.17 |
スリー・ドッグ・ナイト(Three Dog Night)
ママ・トールド・ミー(Mama Told Me[Not To Came])/ロック・アンド・ロール・ウィドウ(Rock & Roll Widow)
![]() |
スリー・ドッグ・ナイトについてはこちらを参照してください。 『ママ・トールド・ミー』は7枚目のシングル・ヒット(70年)となった曲です。作詞・作曲はシンガー・ソング・ライターのランディ・ニューマンです。本当は歌手兼ソング・ライターと書いてありました。 歌い出しのあの喋りかけるようなヴォーカルをLiveで見たらちょっと引きましたねえ。2010.04.17 |
ジプシー(Gypsy)
ジプシー・クイーン(Gypsy Queen・Part Ⅰ)/明日への願い(Tomorrow Is The Last To Be Heard)
![]() |
またしてノー天気なライナーです。『ジプシーというグループが、どこからやってきたのか、ぼくはしらない・・・・・』福田一郎。・・・あの天下の福田一郎が・・・・。筆者が何も情報を持っていないのを知ってて依頼するのかなあ? ただ憶測でシスコのフィルモア・ウエストに出ていたからウエスト・コースト・サウンドだとか、バッファローやバーズのサウンドに似ているとか、カントリー・ロックのカテゴリーに入ってしまうかもしれないとか・・・・この『ジプシー・クイーン』を聴いてください。カテゴリー分けする必要はないと思います。『ロック』でいいじゃないです。というわけでメンバー5人の名前と担当楽器しか信頼できる情報はありません。 NETで調べたら『ジェームス・ウォルシュ・ジプシー・バンド』というグループが2001年にアルバムをリリースしていてジャケット・デザインもこのレコードに似ています。ジェームス・ウォルシュという人は元ジプシーのヴォーカル&キーボードを担当していました。多分リーダー的存在だったと思います。2010.04.17 |
ゲス・フー(Guess Who)
ノー・タイム(No Time)/プロパー・ストレンジャー(Proper Stranger)
![]() |
ゲス・フーについてはこちらをどうぞ。 当時店長はこの曲やアメリカン・ウーマンが収録された彼等のアルバム『American Woman(70年)』がデビュー作だとばっかり思っていましたが、それ以前に65年から5枚もアルバムをリリースしています。特に1枚目のアルバム・デザインをご覧ください。笑っちゃいます(失礼)。 またライナーの話ですが、冒頭に『何が本物で何が偽物かを見極める方法』とあり、いつも本物に接していれば偽物はすぐに見破ることが出来る・・・・・・これは絵画や貴金属の世界だけでなく音楽の世界にも通じる・・・・・・最後に『ゲス・フーは本物だ』・・・・なるほどと思うか、プッと吹き出すか各人の勝手です。 『ノー・タイム』のLiveです。2010.04.17 |
エルトン・ジョン(Elton John)
A面 フレンズ(Friends)/人生の壁(Border Song)
B面 僕の歌は君の歌(Your Song)/イエス・イッツ・ミー(It's Me That You Need)
![]() |
エルトン・ジョンとの出会いはラジオから流れる『イエス・イッツ・ミー』でした。この曲を初めて聴いたときは胸にぐぐっとくるモノがありました。その一曲を目当てにコンサートへ足を運んだにもかかわらず、あいつはそれを奏りませんでしたのでガッカリして帰った記憶があります。 最近になってわかったんですが、当時この曲は本国では全くヒットせずコンサートのセット・リストにも入ってなかったそうです。ですから彼は最近この曲をよく憶えていないそうです。ところがTUBEに 『イエス・イッツ・ミー』は1stアルバム『Empty Sky』に、『僕の歌は君の歌』と『人生の壁』は2ndアルバム『Elton John』に、『フレンズ』は3rdアルバム『Friends』にそれぞれ収録されていますが、この初期のヒット曲が4曲入ったこのコンパクト盤は速攻で買いました。 ところで『僕の歌は君の歌』って『俺のモノは俺のモノ、おまえのモノも俺のモノ』の逆ヴァージョンかと昔思いました(笑)。2010.04.26 |
ステッペンウルフ(Steppenwolf)
A面 ワイルドで行こう(Born To Be Wild)/ロック・ミー(Rock Me)
B面 マジック・カーペット・ライド(Magic Carpet Rido)/モンスター(Monster)
![]() |
『ロック・ミー』と『マジック・カーペット・ライド』はアルバム『Canndy』に収録されていますが、このアルバムは『Canndy』という映画(70年公開でエヴァ・オーリン、マーロン・ブランド、リンゴ・スターなどが出演したコメディです)のサウンド・トラック盤でバーズの曲も収録されています。 『ワイルドで行こう』はアルバム『Steppenwolf』に、『モンスター』はアルバム『Monster』にそれぞれしゅうろくされれています。 ところで『Canndy』は彼等名義のアルバムではないのだろうか?公式サイトを見ても載っていないのだが? こちらは『ワイルドで行こう』の白黒LIVEです。2010.05.02 |
ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)
A面 紫のけむり(Purple Haze)/ヘイ・ジョー(Hey Joe)
B面 フォクシー・レディ(Foxy Lady)/真夜中のランプ(Burning Of The Midnight Lamp)
![]() |
このコンパクト盤はLPをまだ1枚も購入していないときのモノです。 彼のアルバムについてはジミヘンのページにも書いてあるとおり、オフィシャル・レコードはデビュー盤1枚を除き全て所有していましたのでコンピレーションやブートレッグには手を出していませんでした。しばらくぶりにAMGでコンピレーション・ページを見たらアルはアルはで、あんなに多くのコンピをリリースしているアーティストは他に見たことがありません。 この4曲はアルバム『Smash Hits』に全て収録されていますが、選曲について一言言わせてもらえるのなら『真夜中のランプ』を『ウォッチ・タワーにしてほしかったです。2010.05.02 |
![]() |
この2曲はアルバム『The Cry Of Love』に収録されているのだが、彼の死後で久々のシングル・リリースとなったレコードだから手が出たのだと思います。2010.05.2 |
ドアーズ(Doors)
ハロー・アイ・ラブ・ユー(Hello I Love You)/ハートに灯をつけて(Light My Fire)
![]() |
見ていただいて分かるとおり、このシングル盤はオリジナルではありません。ジャケットにも書いてあるとおりゴールデン・カップリング・シリーズと題してエレクトラのアーティスト達がリリースしていました。 このレコードのジャケットを見てびっくりしたことがあります。それは『火』です。店長はずうっと『灯』だとばっかり思っていました。この事はDoorsのページでも書いてありますし、どっかのサイトでも見た記憶があります。でも『Fire』を直訳すればやはり『火』かなあ・・・・・。 それからオリジナル・シングル盤の演奏時間は間奏がかなりカットされていたはずですが、このレコードはロング・バージョンです。2010.05.02 |
タッチ・ミー(Touch Me)/ワイルド・チャイルド(Wild Child)
![]() |
この『タッチ・ミー』がドアーズとの出会いです。店長はラッパ隊が入る楽曲はよほどうまく構成しないとあまり馴染めません。ところが『タッチ・ミー』に関しては文句の付け所がありません。また、ストリングスも使っていてこのような楽曲は他のどのアルバムにもありません。 こういうドアーズとして一風変わったサウンドが出会いの1曲になったんですが、最近彼等のライヴ音源がオフィシャルやブートで多数出回っていることに食指が動きあさり始めていますのでそのうち店頭に並べたいと思っています。2010.05.03 |
アーサー・ブラウン(The Crazy World Of Arthur Brown)
ファイヤー(Fire)/レスト・キュア(Rest Cure)
![]() |
アーサー・ブラウン、この人を知ってる方はかなりの通ですねえ。ジャケットのように頭上に炎をかざしての奇抜なステージはアリス・クーパーにも影響を与えたそうです。 このバンドは66年3人で結成されていますが、69年に解散するまでメンバーの移動がだいぶ激しかったようです。その中でも有名どころで云えばカール・パーマーでしょう。当時16歳だったそうです。また正式メンバー以外にもロン・ウッドやジョン・ハイズマン等がサポートとして参加していた時期がありました。 アルバムは4年間でたった1枚しか出していません。ところが1988年(69年録音)、2002年、2003年とそれぞれ1枚うつアルバムをリリースしています。正式には解散していなかったのかなあ? 『ファイアー』は68年のヒット曲で全英第2位まで上昇した曲です。この曲以外に店長は知りません。 ライヴ映像も用意しましたのでご覧ください。白黒のPVみたいなヤツと75年のカラー物。2010.05.03 |
ディープ・パープル(Deep Purple)
ファイアボール(Fireball)/誰かの娘(Anyone's Daughter)
![]() |
ご存じ『ファイアボール』は同名タイトルのアルバムに収録さていますが、パープルのレコードを初めて買ったのがこのシングル盤です。 B面の『誰かの娘』を改めて聴くとドラム無しなんですねえ、イアン・ペイスがタンバリンのみでリズムをとっています。今となってはこのレコードはあってもなくても良いかなあと云う感じです。2010.05.03 |
U.F.O
ジョージのブギ(Boggie For George)/フォロー・ユー・ホーム(Follow You Home)
![]() |
U.F.Oは69年に結成されていて70年にレコード・デビューをしています。そのファースト・アルバムからエディ・コクランのカバーで『カモン・エヴリバディ』をハード・ロックに仕立ててちょこっとヒットした記憶があります。そして速くも71年に来日を果たしていますが、当初スリー・ドッグ・ナイトとのジョイント・コンサート(会場は武道館)になる予定でした。ところがスリー・ドッグ・ナイト側がなんかの理由でこれなくなったのでU.F.Oの単独公演となりました。会場は彼等単独なら集客力を考えてもヤオン(日比谷野外音楽堂)で十分だろうと主催者が考えたかどうかは分からないが当時店長はそれが妥当だと思いました。あまり乗り気のない感じで見に行ったんですが、チョットした事件が起こりました。ステージ終盤でベーシストのピート・ウェイが張り切りすぎたのか左手の指から血を流し演奏をいったん中断したんですが、その後どうなったのか記憶にありません。申し訳ない。 『ジョージのブギ』はこれも1stアルバムに収録されていたんですが、来日を記念に特別シングル・カットされました。 当時このバンドは来日後もそれほど人気が出たとは思いませんが、後にマイケル・シェンカーが加入したことにより現在でもバンド名だけはよく見かけますねえ。 ジャケットには『謎の円盤UFO遂に日本へ上陸!!』と書いてあります。2010.05.04 |
フリジド・ピンク(Frijid Pink)
朝日の当たる家(House Of The Rising Sun)/ドライヴィン・ブルース(Drivin' Blues)
![]() |
この曲を初めて聴いたときはものすごく熱い物を感じ『ヤラレター』と思いましたねえ。当時のハード・ロックの必須アイテムであるファズとワウワウを駆使して『朝日の当たる家』を奏るなんて一本とられたぁという感じでした。 このバンドは67年に結成されブルース・ロックを主体にデトロイトで活動していました。69年に1stアルバムをリリースし、シングル・カットされたこの曲はBBランクで最高7位まで上がっています。 B面の『ドライヴィン・ブルース』は『オー・プリティ・ウーマン』にちょっと似たハイ・テンポのブルースですが、こちらも非常に垢抜けした演奏ですよ。 メンバーの4人はその当時19歳から22歳でフリーをちょっとイメージさせます。2010.05.04 |
マウンテン(Mountain)
ミシシッピー・クイーン(Mississippi Queen)/支配者(The Laird)
![]() |
『ミシシッピー・クイーン』はバニシング・ポイントという映画のサントラですが、『イージー・ライダー』に続き当時のアメリカを象徴する映画で、内容は狂ったようなスピードで突っ走る男をパトカーが捕らえようとするカーチェースが見せ場となる映画です。その全編に16曲のロックが流れるわけだが店長の知っているアーティストはマウンテンの他はデラニー&ボニーしか分かりません。 マウンテン名義のアルバムでは1stの『Climbing(勝利への登擧)』に収録されています。70年のライヴ映像はここです。 |
バニラ・ファッジ(Vanilla Fudge)
ショット・ガン(Shotgun)/グッド・グッド・リヴィン(Good Good Lvin')
![]() |
店長の大好きなバニラ・ファッジです。『ショット・ガン』のオリジナルはR&Bのジュニア・ウォーカー&オール・スターズが65年に放ったヒット曲です。店長は今までこのオリジナルを聴いたことがありません。これを機会にTUBEで探してオリジナルを聴いてみましたが、ファッジはそれほど崩していないことに気がつきました。しかしファッジのショットガンにソウルっぽさは微塵もありません。正にショットガンが暴発しまくっているとい感じでしょうか。 なおこの曲は彼等の4作目『Near the Beginning』のTOPを飾っています。2010.05.04 |
Beatles Black GS Jazz Monkees Movie Rock Rolling Stones Ventures Etc
Etc
この3枚のソノシートは雑誌の付録として付いてきました。ギタリストを目指して買ったんですが、超特急並の早さで挫折・・・・(涙)
なおソノシートに付いての詳しい説明はここで。
![]() |
Lead Guitar フィル・イン&アドリブ完全マスター ギターブック増刊 演奏・監修 石川鷹彦 Side:A 冬の稲妻 Side:B 22才の別れ ソノシートは片面プレスが常識と思っていましたが、30数年ぶりに見てみると両面プレスでした。この時期になると片面だけではなく両面プレスの物が多く出回っていたようですねえ。 石川鷹彦というギタリストは小室等と共に六文銭を結成、その後吉田拓郎やかぐや姫・イルカなどのバックでサポートしたりアレンジャーとしても数多くのアーティスト達と関わっています。 札幌生まれの67才だそうです。 ところで自分はこのソノシートで練習した記憶が全くないのだが・・・・(笑)2010.05.22 |
![]() |
初心者のためのエレクトリック・ギター教室 別冊ヤングフォーク 1979・特別付録・練習用レコード このソノシートはなんと2枚組です(赤盤と黒盤)。 Side:A ロック・ギターでよく使われるテクニックPart:Ⅰ チョーキング、チョーキングダウン等々 Side:B ロック・ギターでよく使われるテクニックPart:Ⅱ ビブラート、ハマリング・オン等々 竹田和夫(g) 樋口昌之(ds) 小川浩史(b) Side:C ギターとピックになれるための基本練習 8ビート・ストローク、16ビート・ストローク等々 土屋昌巳(g) 見砂和昭(ds) 六川正彦(b) Side:D E・ギターの弾き語り F・ギターとのアンサンブル アルペジオ、ボサノバ、ハマリング・オン等々 鈴木茂(g)・・・・この人って最近薬で捕まったんでは? 最後に《使い方の注意》におもしろいことが書いてあったので紹介します。 1、ギターの音は全て左のチャンネルに収録。ギターの音を消せばキミもレコードに参加できる。 2、レコードの針は必ず新しい物を使用。普通のLPレコードに重ねてセットすると聞き易い。 3、長時間繰り返して使うために最初にテープに録っておこう。 4、オート・リターン付きのターン・テーブルでは、最後まで聴けない場合がある。2010.05.22 |
![]() |
ロック・ギター教室 ロック・ギター上達のための練習用レコード ヤング・ギター臨時増刊特別付録 Side:A 「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のアドリブ演奏 フレーズをポイントごとにわけてしかもスローテンポで収録。(演奏:小林克己) Side:B ●Aメイジャー・キーのブルース・スケールを元にしたペンタトニックの基本ポジション・ フォームを使用したフレーズ EX1~EX4・・・・・意味がわかりませーーーーん ●展開ポジション・フォームの1を使用したフレーズ EX5~EX8・・・・??? 演奏:辺見 聖 「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のアドリブはかろうじて弾けるようになったがコンプリートまでは行かず挫折。2010.05.22 |