新生スカちん〜櫻井眞一郎さんを偲んで〜


2011年1月17日、櫻井眞一郎さんがご逝去されました。享年81歳。謹んで、氏のご冥福をお祈り申し上げます。

ご存知の通り櫻井さんは、2代目〜7代目スカイラインの開発主管に従事された。氏の功績は、様々な媒体で紹介されているので多くは触れない。ここでは、あっくんが氏の講演会などで伺った、「あまり公にされてない櫻井さんの言葉」を紹介しながら、生まれ変わったスカちんについて報告します。

まず、何が新生なのか?この写真をご覧ください。

これが今までのスカちん。

でもって、これが現在のスカちん。まんどくさいので、ナンバープレートをぼかすことは辞めました(笑)。スカちんはこれまで、叔父の名義の北九州ナンバーでしたが、諸般の事情により、自分名義に変更しました。このため新たにナンバーを取得、210ナンバーにしたわけです。

ナンバーも一新、新たな気持ちで、C210ジャパンの完成度を上げようと思いました。どこを変えたのかは後述するとして、まずはジャパンがどんな車かをおさらいしておきます。

C210ジャパン、多くのスカイラインファンはご存知の通り、

・ 史上最弱のスカイライン

・ 名ばかりのGT

自他共に認める「どん底スカイライン」です。(^^;
これは不遇の時代に生まれたから。マスキー法による排ガス規制をクリアするため、非常に苦労した車。本来スカイラインを語るには、レースとは切り離せないんだが、ジャパンだけは別。レーシング仕様が無いのは5代目ジャパンだけ(ケンメリもレーシング仕様があった)。当時は排ガス規制をクリアするのに精一杯で、レースなんて考える余裕など無かった。

しかしながら、話はここから。レースも視野に入れたGTカーを作りたいのに、パワーダウンした排ガス規制車を開発しろ、さらに大衆に受け入れられる車を開発しろなんて命令されたらどうします?

サラリーマンだったら「やってらんねえ、モチベーションが下がる!」と思いながらも、上司の命令どおりの車を作成するでしょう。でも、これだけなら誰でも出来る。真のプロフェッショナルは、与えられた条件をクリアして、なおかつどこまで泳げるか?を考える。そもそも、好き勝手に仕事が出来る環境は、サラリーマンにはまず無い。

「納期に余裕があれば、もっといいものを作れるのに...」
「もうちょっとコストをかければ、高品質なものを作れるのに...」

どんな仕事でも、様々な制限がある。その制限下で、最良のものを作るのが真のプロ。櫻井さんは、クサることなくジャパンを開発された。ここで氏がキレてたら、スカイラインは4代目で終わりだったかもしれない。様々な条件を突きつけられながらもジャパンを開発したから、L20ET最終スペックのHR30、FJ20のDR30にバトンタッチできたわけ。

というわけで、櫻井さんが愛情込めて開発したジャパンも、まんざら捨てたものではない。GTカーとしての十分な性能を持っている。この辺は後述するとして、後はオーナーであるあっくんが、ジャパンの品質を向上させなければならない。開発者がオミットした部分を改良するのはオーナーの務め。そこで、これまであっくんが行った改良点をまとめておく。

何と言ってもジャパンが開発されたのは30年以上前。当然、今となっては古くなったアイテムが多い。このため、現行車から流用できるものは流用して、品質を向上させてきた。年月経過に伴って、ジャパンの時代には無かったアイテムをフィードバックさせた事項からまとめます。

まずはヘッドライトとフォグライト。ヘッドライトはCIBIEのハロゲンに変更。ジャパンオリジナルのヘッドライトは、今となっては暗く、雨の夜なんか点いてるんだか、点いてないんだか分からないくらい。CIBIEに変更することによって、夜間走行時の明るさを確保した。

さらにPIAAのプロジェクタ型フォグライト。1970年代のフォグライトは、黄色い大きなタイプが流行った。これは、霧中走行時に対向車に視認されやすいアイテム。しかしながら80年代後半、プロジェクタ化され、霧中の視界確保が可能となった。スカイラインにも7代目からプロジェクタライトが搭載されたのはご存知の通り。これをジャパンにもフィードバックさせた。

フロントストラットタワーバー。これを装着するとボディの剛性がUP、峠のコーナーリングでアンダーが解消される。車は曲がるとき、「ねじれ」が生じて、年月経過とともにボディ全体がねじれてしまう。それを抑える効果がある。

 

アルミホイールにポテンザRE01タイヤ。ホイールはR15 6.5JにインチUP。ジャパンの純正ホイールは、R14 5.5Jだから、サイズ、幅ともに1インチ広げている。但しオフセットは、純正の+25のまま。オフセットを変更すると、スクラブ半径が変わって、ハンドリングや直進性に狂いが出てくるからねえ。でもって、

フロント:195 60 R15
リア:205 60 R15

のタイヤを装着。ジャパンオリジナルの185 70 R14をインチUPするには、195タイヤを選択するのが王道。205タイヤは外径が大きすぎて、カタログ上では速度計に狂いが出てくる。しかしながら百聞は一見にしかず。この写真をご覧ください。

これはスカちんが新車時から、トランク下部に眠っているスペアタイヤ。1977年のラジアルタイヤ&鉄っちんホイール。まだ一度も使用してない天然もの。これと205タイヤの大きさを比較してください。

外径はほとんど同じか、むしろ205のほうが小さいくらい。205を履くと速度計の誤差は0.985。東名高速のkmポストを参照して計測した。つまり、オドメータが100km走ったことを指した時、実際の走行距離は98.5kmなわけ。

これが195を履くと、誤差が大きくなる。ご覧ください、195 60 R15は、185 70 R14と比較して、外径が2回りくらい小さい。これが事実。ひょっとして、1970年代と現在とでは、タイヤサイズの規格が違うのかな?
とにかく、スカちんのリアには205タイヤが必要なわけ。

リアウインドウには、UVカットネットを装着。ジャパンの時代、UVカットガラスなんて無かったからねえ。このネットを装着すると、後部座席の温度が大きく変わる。さらにリアシートの日焼けや、スピーカーのコーン割れも防御できる。

マッドカバー。NIKEブランド(^^)を装着。雨天&ダート走行対策。ジャパンのタイヤハウス回りは鉄板なので、非常に傷みやすいし錆びやすい。跳ね上げる泥や砂利をカットするため、大型のマッドカバーを取り付けている。

バックミラー。乱反射防止のため、クロームメッキタイプを装着。また、ソーラーシステムで作動するオービス探知機も装備 (^^)。北海道旅行の必須アイテム。

ジャパンの時代、カーステレオといえば、もちろんラジオとカセットデッキ。昔は8トラックなんてのもあったね。現在は、これがHDDナビやフルセグTVにまで進化している。スカちんは、MP3/WMA対応のCDオーディオを装着。ちなみにあっくんは、iPodは使用しない。youtubeやニコ動からDLした200曲以上の楽曲を1枚のCD-Rに焼いて再生している。全て聞くのに15時間以上かかるので、未だ全曲制覇してない。(藁

さらにジャパン純正のサウンドバランサーも生かしている。2チャンネルのオーディオなら、サウンドバランサーを流用可能。但し、電装系の職人さんに配線してもらわなければなりません(ハーネスが純正と異なる)。

サウンドバランサーって意外と便利。後部座席に座った場合、リアスピーカーの音がうるさすぎる。この場合、サウンドバランサーを前に倒して、フロントスピーカーのみの演奏にする。音量調整以上に一発で制御できるので、運転中でも事故るリスクも低い。櫻井さんが、常にドライバー目線に立った開発をしてきたことがよく分かるアイテム。

リアスピーカーはcarrozzeriaに換装。ライト点灯時に光るイルミが好きだったりします。

さらにCDオーディオの上に、小物入れとドリンクホルダーを装着。ジャパンの時代にドリンクホルダーがあったら、きっと櫻井さんも装着してたと思います。もちろんETCも装着。運転の邪魔にならないように、助手席側に取り付けた。

さらに細かいが、シガーライターも利便性を考慮して大型化。シガーライター右横のライトスイッチと比較してください。シガーライターが一回り大きいことが分かる。

とまあ、ここまでぽつぽつと、20年以上かけて手を入れてたわけ。でも、何か物足りんなあ。櫻井さんがスカちんを見たら、何と言うだろう?
最近、漠然と「まだまだジャパンは完成度を高めることが出来る」と思っていた。かといって、改造したいわけではない。ジャパンの改造というと、L28改ソレタコデュアルが定番なのだが、櫻井さんが目指していた車とは違う気がする。

氏が何よりも大切にしていた哲学が「自然との調和」。自然の流れに逆らってはいけない、これが氏の口癖だった。東京競馬場や世田谷の馬事公苑に出向いて、馬の走りを観察して「前足で舵を取り、後ろ足で走る」ことを学んだという。このため、氏はFRにこだわった。逆に言うと、

FFで走る動物が自然界におるかぁ〜!!

また、櫻井さんは特に足回り、サスペンションに注力されたと聞く。ジャパンの足回りは、

フロント:ストラット式
リア:セミトレーリングアーム式

3代目から7代目まで続く、伝統の足回り。後期型ジャパンがターボを搭載して145馬力までパワーUPしても、足回りには何の変更も加えられなかった。つまりC210は、当時としては一級品の足を持っていたことが分かる。

そうそう、後期型で思い出した。櫻井さんが後期型を開発するにあたって、こんなことをおっしゃってた。

「完全な車を作ろうとしたら、永遠に完成しません。発売するためには、一定の割り切りが必要です。但し、割り切って発売した車にも、一度だけ改良のチャンスがある。それがマイナーチェンジです」

つまりC211後期型ジャパンは、前期型の不具合を改良してるわけ。ということは、後期型からノウハウをフィードバックすれば、完成度が上がるはず。こう考えると、思いつく点がいくつかあるど。よっしゃ、次の方針は決まった!

まずはタイヤ交換。今年のGWに西日本まで走ったら、フロントタイヤがキャンバスむき出しの状態まで磨り減ってしまった(汗)。さらに、リアタイアもズルズル状態。リアはともかく、フロントがこれだけ磨り減るのは、アライメントが狂ってるとのこと。このため、アライメントも調整。トゥ角をプラス調整した。(協力:タイヤ館 パドック246)

足回りはこれでOK、お次はレストア。

 

旧車は、維持管理だけでも費用がかかる。フロントはボンネットも交換して、一度レストアしたが、リアは手付かず。30年以上も放っておけば、錆びるのも当たり前だよねえ。

 

トランクは20年近く前、トーションバーが外れたので、業者に依頼して溶接してもらった。ところがこの業者が下手糞で、トランク表面をキズだらけにしてくれた上、歪ませてしまっていた。このため、今回は抜本的に修正して頂いた。

 
 

ウェザーストリップも新品に交換。

 

助手席側ステップにも、錆が浮いていた。ここもしっかり手を入れる。

 

旧車は、普通の板金塗装屋で修理するわけにはいかない。パテを厚盛りされるのがオチ。「レストア」という単語が通じる業者に、徹底的に錆を落としてもらって、丁寧に処理してもらう必要がある。(協力:関自動車)

おっしゃおっしゃ、これで準備は整った。後はスカちんをよく知っている、旧車専門業者(カーサービス サイケン)にお願いするだけじゃ。

 

まずは何と言ってもラジエータ。前期型は2層なのに対し、後期型ターボは3層にコア増しされている。スカちんは真夏の渋滞に巻き込まれると、すぐに水温が上がってしまう。北海道を旅するのには2層で十分なんだが、温暖化の影響もあるから3層化に踏み切った。やってみると、ずいぶん違う。真夏でも水温が安定するようになった。

C210のファンは7枚羽。C211ターボは8枚。もちろんファンも8枚羽にした。写真はこれまで回っていたC210の7枚ファン。
余談ですが、国産初のターボ車はC211スカイラインです。発売はセドグロ、ブルーバードに次ぐ3車種目となったが、これはプリンスを吸収合併した日産の意向によるもの(わざとスカイラインターボの発売を9ヶ月遅らせた)。プリンススカイラインに国産初のターボ車の称号を与えるのは、日産のメンツに関わるもんね。(藁

 

ボンネットの「受け」部分のゴムパーツが前期型と異なる。前期は円すい形なのに対し、後期は円筒形。円すい形じゃ、ボンネットの圧力に耐えられなかったのでしょう。当然、後期型に換装。

ついでに、潰れていたボンネットの当りゴムも交換。

セルモーターはリダクションタイプに交換。これまで使用していたセルは予備に回した。(協力:カーショップOMOTE)

ついでに電装屋さんが、面白い加工をしてくれた。セルに直結するスタータースイッチを追加。これでキーシリンダーが壊れても、このスイッチで強制的にセルを回すことが出来る。が、どちらかというと、整備の容易さのためのアイテムやね。

問題はこのヒューズ。前期型は、スモールランプとオーディオの回路をこのヒューズ1つでまかなっている。このヒューズは、常に熱を持つし飛びやすい。そこで抜本対策として、ライトとオーディオのヒューズを分割することにした。

 

オーディオ専用のヒューズを追加し、ハーネスを分ける。オーディオハーネスは、写真のようにして車内へ引き込んだ。

内部/外部とも生まれ変わった、新生スカちん。これで現時点では、満足のいく仕上がりとなった。まあ、所詮は自己満足なんだけどね。

というわけで、愛すべき昭和のガンコ爺さんが、魂を込めて開発したC210ジャパンを末永く大切にしたいと思います。
櫻井さん、素敵な車を作ってくださって、本当にありがとうございました。

追伸:退院早々ワイパーリンクが外れやんの!(>_<)

また入院か....


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