錦眼鏡余話7:No261
北陸縦断:完 

2泊目は、日本式の旅館です。
部屋や食堂、大浴場などへ行くとき、
迷ってしまうことがありました。
 

どうやら、新館と旧館みたいになっているようです。
目印をしっかり頭に刻み込んでおかないと、
迷って、
旅館の中をぐるぐると迷路のような廊下を歩くことになります。
 

夕食を同じテーブルで食べている老夫婦に、
とても良い情報をいただきました。
それは、
大きな荷物を
1階の土産物屋から宅急便で自宅へ送ることが出来る
ということです。
 

盛りだくさんのツアーなので、夜9時過ぎに羽田に着きます。
家へ到着するのが、夜の11時過ぎることが確実です。
疲れた体に大きな荷物を運ぶのは苦痛です。
 

Iさんは、大きな重たいリュックを宅急便で送ります。
私はキャリーバックを送ることにしました。
 

残った荷物はカメラを入れるサブザック1つになりました。
サブサックには折畳傘も入れました。
貴重品は、ポシェットに入れてあります。
 

最後の3日目、急に身軽になりました。
心身体も晴れやかになりました。
 

3日目の始めの観光は「越前大野城」です。
城は、亀山の山頂を平坦に削り、本丸をつくったそうです。
 

登り口から徒歩20分ほどで、
天守閣に着きました。

 

天守閣から大野市が一望に見渡せます。
一番賑やかな場所を選んで、パノラマ写真を撮りました。
自分のHPに「大野市街:越前大野城:天守閣より」として
載せました。(6枚の写真をつなぎました)
動くパノラマとして写し出されます。
 

下のURLをクリックして見てください。
大野市は、まだ山も近く、
水田等農地が広がる自然豊かなところだと分かります。
 

 

次の観光は永平寺です。
今から約770年前の1244年、
道元禅師によって開かれた座禅修行の
道場だそうです。
 

(杉木立に囲まれた永平寺の建物)
 

現在は、曹洞宗の大本山として、
僧侶の育成と檀信徒の信仰の源となっているそうです。
 

大小70余りの建物が並び、回廊で繋がっていました。
私は写真を撮りながら、2度ほど道に迷いました。
「帰路」と言う表示を頼りに、ようやく外へ出ることが出来ました。
 

(長い急な階段で、建物と建物を繋いでいる)
 

最初に、若いお坊さんから見学の注意がありました。
その中で、
修行増(若いお坊さん)にカメラを向けてはいけない注意がありました。
 
 

回廊の格子から、外の景色が見えました。
仏殿のような建物の装飾が見えました。
 

最後の観光は、「一乗谷朝倉氏遺跡」でした。
この日の暑さは一番身にこたえました。
遺構の場所は、日陰がありませんでした。
 

見学の途中、くらくらとめまいがしました。
歴史が大好きな私は、頑張って途中までついていきました。
でも、
無理をすると、倒れるなと感じました。
 

耐えられなくなって、
Iさんに駐車場へ戻ることを告げると、
Iさんも戻りたいと言うので、ふたりで入り口を目指し歩き出しました。
「長島さん」
と、私の背に呼ぶ声がしました。
私は呼ぶ声にこたえる気力もありませんでした。
 

Iさんが「添乗員さんが呼んでいるよ」
と言うので、私は添乗員さんにひとこと、
「戻ります」
と大声で応えました。
 

入り口近くに休憩所がありました。
中はエアコンがよく効いていました。
自動販売機があったので、
冷たいお茶を買いました。
冷たいお茶がとても美味しく感じられました。
ようやく気力が戻ってきました。
 

全ての観光を終えて、帰りは小松空港から羽田です。
 

少し遅れて、飛行機が飛びました。
家へたどり着いたのが、予想した通り午後11時半でした。
シャワーを浴びて、翌朝7時までぐっすりと寝ました。
 

<◇北陸縦断
◇の旅:完>