錦眼鏡余話4:No156
ザ・テクノロジー:その3 

遺伝子研究の歴史は、
ここ50年ほどの間に目覚ましい進展をみせています。
人間が生命を根本から操作することが可能になりました。
 
かって、
生命をつくりだすのは、「神」や「物語」の世界だけでした。
ところが、
人間が生命を選択することや手を加えることが可能になりました。
 
アメリカでは、ダウン症を引き起こす遺伝子を持った生殖細胞を
最初から排除する技術を開発し実用化しています。
数万円程度で、生殖細胞の遺伝子の中から、
病気を起こす遺伝子の異常を見つけ、事前に選別することを
仕事とする企業が出来ています。
 
以前、アメリカで、
胎児の遺伝子を調べる新型出産前診断の技術が確立され、
たくさんの妊婦が受けだしたことがメディアで報じられました。
 
そのとき、妻と、
自分たちの立場だったらで、話し合ったことがありました。
2人の考えは一致しました。
「陽性だったら、中絶する」ということでした。
 
あなたなら、どちらを選択しますか?
 
日本でも、
妊娠中の女性の血液で胎児の遺伝子を調べる新型出産前診断が
昨年4月から始まりました。
この1年間で、約7700人が診断を受けたそうです。
胎児にダウン症など、3種類の染色体に異常があるかどうかを
みることの検査が目的です。
検査の結果、陽性だったのは142人でした。
確定診断を経た後、110人が人工妊娠中絶を選んだそうです。
確実に生命の選択がはじまったのです。
 
8月29日のA新聞の朝刊には、日本でも唾液から遺伝子検査を行い、
将来かかりやすい病気を事前に知り、対策をする動きが始まって
いることが紹介されていました。
アンケート調査では、約半数の人が「遺伝子検査を受けたい」
と答えたそうです。
罹りやすい病気を事前に知って、対策を考えたいということです。
一方、
こうした技術の進歩を不安に感じている人も少なからずいるそうです。
 

 
再び話を「ザ.テクノロジー」に戻します。
 
アメリカ・マサチューセッツ工科大学のJ教授らは、
見た目はLSI(大規模集積回路)そっくりのシリコンチップ上に、
塩基と呼ばれる分子をつなぎ、生命の設計図である遺伝子を
人工合成する「仕組み」をつくりだすことに成功しました。
 
新聞の見出しには、「生態系破戒やテロの懸念も」とあります。
J教授らが立ち上げたベンチャー企業「GEN9」では、
ちょっとした大型の水差しぐらいの大きさの装置にシリコンチップを
パチンとセットしました。
「操作はこれだけ。あとはご希望の遺伝子が自動で組みあがります。」
と説明があったそうです。
技術の説明は、いっさい極秘だそうです。
また、撮影も厳禁だったと。
 
標準的な長さの遺伝子なら1つ15秒ほどで作られるそうです。
化学反応による従来の手法と比べると、
速度は1万倍も速くなったそうです。
ベンチャー企業「GEN9」では、
企業や研究所から様々な遺伝子の注文を受け販売しています。
標準的な遺伝子だと価格は、約2万円(約200ドル)だそうです。
企業などは、購入した遺伝子を微生物に組み込み、合成生物を作ります。
J教授は
「シリコン製の半導体が我々の生活をがらっと変えたように、
我々もこのシリコンチップで生物学の世界を変えたい。」
と意気込んでいました。
 
しかし、合成生物学には批判もあります。
1つは、「合成生物が、自然界に漏れ出れば、生態系を破壊する」
と言う懸念です。
遺伝子を改変された生物を、
外界へ出さないようにするという国際的な取り決めは、すでにあります。
出来ているから、みなそれを守るかという心配があります。
国益や団体の利益を優先する国や団体が多いことは
毎日のニュースで知るところです。
 
また、実験自体を規制する国際的な枠組みは出来ていません。
生命倫理が専門の日本のある研究員は、
「生命の仕組みを知るために、
この世にない生命をつくる科学的な必要性があるのだろうか。」
と疑問を投げかけています。
 
もう一つ、
「生物テロ」につながるという声もあります。
東大医科学研究所教授のK等がイギリス科学誌「ネイチャー」に
投稿した鳥インフルエンザH5N1」に関する論文について、
アメリカ政府の委員会が内容の一部削除を掲載前に求めました。
 
論文には、ひとつの遺伝子が4カ所変異すると、
哺乳類でも「鳥インフルエンザH5N1」が空気感染することが
述べられているそうです。
アメリカの委員会は、生物テロへの悪用を恐れたそうです。
しかし、イギリスの科学誌「ネイチャー」は、半年後に全文を掲載しました。
「ワクチン開発の遅れにつながる」と言った意見を踏まえ、
掲載しない不利益のほうが大きいと判断したそうです。
 
「リスクをとるか、科学の発展をとるか」
この議論は、これから様々な科学の発展に伴い増えていくことでしょう。
 
◇ザ.テクノロジー◇完