錦眼鏡余話4:No135
幸運:その2 
 
秋川駅前の交番を訪ねると、
若いお巡りさんがふたりいました。
 
「あの、お財布を落としました。
遺失物届をよろしくお願いします。」
「じゃあ、この用紙に。。。」
と言って、親切に書き方を教えてくれました。
特に落とした財布の特徴と中に入っているものを
詳しく思い出して書くように言われました。
 
「お金はいくらくらい入っていたかも書くようにしてください。」
「お金のほうは、およそでもいいですか。」
いくら入っていたか自信がありません。
 
書き終わると、
椅子に座っていたお巡りさんが書類を受け取りと、
どこかへ電話をかけ始めました。
私は、もう一人のお巡りさんに
「運転免許証の再交付は、どうすればいいのでしょうか。」
と尋ねました。
お巡りさんは1通の書類を出してきて、
「免許証の再交付は、府中試験場でしか受け付けていません。
土日や祝日を除いて、朝8時半から4時まで受け付けていますよ。
約2時間ほどかかる思うので、ぎりぎりに行くと、発行は次の日になります。
出来るだけ早めに行くことです。」
と言って、大事なところに鉛筆で印をつけてくれました。
 
それから、お巡りさんに断ってから、
自分の乗ったタクシー会社へ電話をしました。
女の人が出ました。
乗った時間、どこからどこへ行ったか、財布の特徴、
財布の中味等を話しました。
最後に、名前と自宅の電話番号を伝えました。
 
すると、電話をかけていたお巡りさんが受話器を置きながら、私に
「渕上の駐在所に、あなたの財布と良く似た財布が届いているそうです。
すぐに、駐在所に行きなさい。」
と言って、小さなメモに何やら書きました。
「これを駐在所についたら渡しなさい。」
 
私は二人のお巡りさんにお礼を言って、
直ぐ前のタクシー乗り場へ向かいました。
1台のタクシーが停まっていました。
「渕上の交番まで、お願いします。」
「睦橋通りへ出る前の信号横にある交番ね。」
「はい、そうです。」
 
駐在所のチャイムを押すと、
私服姿の若いお巡りさんが出てきて、ドアを開けてくれました。
 
「あの、財布を落とした者ですが。。。」
「お名前は何と言いますか?」
「長島忠義です。」
 
「自分の名前を証明するものを出してください。」
「落としたお財布の中に入れてあります。」
「自分を証明する物なら、何でもいいのです。」
「まいったなあ、運転免許証もお財布の中だし。。。」
 
「あっ、携帯を持っています。
ここに名前と電話番号を出します。」
私は、その場で小さな液晶に
名前と携帯番号とメールアドレスを表示しました。
若いお巡りさんは、携帯を覗き込んで。。。
「長島忠義さん。。。本人ですね。」
「はい、そうです。」
 
若いお巡りさんは、いったん奥の部屋へ行って、
紙袋を持ってきました。
その中から取り出した財布は、まぎれもなく私の財布でした。
その瞬間、安堵の気持ちが広がり、すっと緊張が解けました。
 
「これが届けられた財布です。」
「私の財布です。」
「どうぞ。」
 
若いお巡りさんは、
「免許証を見せてください。」
と言って、免許証の写真と私を見比べながら、
「本人に間違いありません。」
と言いながら、免許証を返してくれました。
 
「あの、拾われた方のお名前と電話番号を教えてください。」
「それが。。。親切で拾ったんだからと、
名前も電話番号も告げずに行ってしまいましたよ。」
 
お巡りさんに丁寧にお礼を言って、駐在所をあとにしました。
2軒目の飲み屋さんは、駐在所から歩いて5分ほどです。
財布が見つかったことの報告をしていこうと思いました。
 
その5分ほどの夜道を歩きながら、妻の言葉が頭をよぎりました。
「お財布に免許証を入れておくのはやめたほうがいいわよ。」