楽器はなぜ改良(改造)されるか?

 バロックヴァイオリンは現在のモダンヴァイオリンに、チェンバロはピアノにと、多くの楽器は時代が進むにつれてどんどん改良されていきます。もちろん操作性や音色においてよりすぐれた楽器を目指していくという側面もありますが、それだけではありません。それは,時代ごとに「完成」の意味が異なるからです。ここでは、数百年の間使われ続けているヴァイオリンに着目してみます。

 アマティやストラディバリが当時作ったヴァイオリンは、モダンヴァイオリンと比べてネックが短かくて胴と水平、バスバーも短いという違いがあります。そのような楽器を後の人が改造したわけで、この改造によって飛躍的に音量が増しました。では、ストラディバリたちは設計ミスをしたのでしょうか?

 バスバーとは、弦の圧力で楽器が潰れないように表板を支える部品です。ボディを維持したり振動を全体に伝えるという役割をする反面、それ自体は振動を吸収してしまいます。すなわちモダンヴァイオリンはバロックヴァイオリンに比べて、鳴りにくい楽器を強力な弦の張力によって無理矢理鳴らす構造なのです。この改造により、音量と引き換えに微妙な音色が失われました。

弦の張力を強めるため,ネック(指板)を傾け,弦長を長くしたことにより、表板にかかる圧力も大きくなった。それを支えるため,バスバーを大きくした(図は,分かりやすいように強調してあります)。

 当時、演奏会というのは現在のように大ホールで行われたわけではありませんでした。小さな部屋で演奏者を囲んで,くつろぎながら演奏を楽しむというのが当時のスタイルだったわけです。そのような演奏スタイルに,大音量は必要ありません。すぐそばで耳を澄まして聞くわけですから、音量よりむしろ微妙なニュアンスが聞きたいのです。そこで、それよりもむしろ、小さな音量でも豊かな音色の出る、いまでいうバロックスタイルの設計が「完成形」として出来上がったわけです。もし、当時のヴァイオリンがモダンヴァイオリンだったら、「ヴァイオリンは騒々しい楽器」というレッテルを貼られていたことでしょう(現に当時の宮廷では、バロックヴァイオリンでさえヴィオルに比べて音量の大きいので、好まれませんでした)。逆に,現在の大ホールでバロックヴァイオリンを弾くと、音量が小さくて聞き取りづらくてストレスがたまり、「古楽マニア向けの楽器」というレッテルを貼られることになります。