「都市の時代」からの脱却を
20世紀は「都市の時代」。
多くの人が都市に集まり、暮らし、次の世代を育てていきました。
では、都市という環境は子どもにどのような影響を与えたのでしょう。
最初に気づかれたのは子どもが自由に遊ぶ場が失われたことでした。
この時は、健康の阻害や体力の低下が懸念されました。
次に気づかれたのは、人々の生活パターンや考え方が多様になり、
交流する機会が減少したことでした。
都市への人口集中は、他の地域の出身者が都市に住み着くことを意味しますが、
そのような人たちは“出稼ぎ意識”が強く、
都市の住民としてのアイデンティティを共有することが希薄になりがちです。
こうして、それぞれの家族が地域で孤立していく中で、
子どもの間にも友だちつきあいの苦手な子が増えたと指摘されました。
むしろ、人との交流を煩わしいと感じ、孤独の中に閉じこもろうとする例も見られました。
一方、都市ではたくさんの製品や情報が生産されます。
これらを多用することにより、基本的な生活技術を失ったり、
ちょっとした工夫で作業を能率的に進めると行った創造の機会が減少しました。
このような生活からは、受動的・依存的で自らの手を動かすことを厭うような
怠惰な生活態度が醸成されるでしょう。
総じて、都市で暮らす人間は、
“自分は生きている”という実感が薄れ、人間本来のビビッドさを失っているように思えます。
これを克服して、
一人ひとりが自らの生活態度や価値意識を見直し、
プリミティブな人間らしさを再発見することが、現代の課題だと考えます。
人間性回復の営みとしてのアウトドア活動
その一環としてのアウトドア活動には、まことに意義深いものがあります。
野外生活において自然から身を守り衣食を賄うための営為は、
人間の生活の根元がどこにあるかを明確に教えてくれます。
なま身の人間として自分で考え、自分で学び、自分で行動するといった
自己支配の感覚は、複雑化し機械化した都市生活ではとうてい味わえないものです。
これがアウトドア活動が人間性回復の営みである所以です。
従って、我々のアウトドア活動は、
「すべてが周到にセットされ参加者はそれをこなして行くだけ」と
いうようなものであってはなりません。
たとえ幼い子どもであっても、
自分の能力の限りを傾けて問題を解決していく機会がさりげなくちりばめられている
ことが大切です。
さらに、野外におけるさまざまな営為はおのずかから協働を生み出し、
人が人と交わらなければ生きていけないことを端的に感じさせるでしょう。
こうして、人類が築いてきた文化の本質を体感したならば、
人は、自律的に社会にかかわり、精神的にも充足した生活を得ることができるのです。
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